1980年代USオルタナ・シーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 08:57 UTC 版)
「オルタナティヴ・ロック」の記事における「1980年代USオルタナ・シーン」の解説
アンダーグラウンドな音楽活動は地域や時代を問わず存在したと考えられるが、1980年代の北アメリカ諸都市におけるパンク由来の音楽活動の特徴を、カナダの音楽社会学者ウィル・ストロー (Will Straw) は、「シーン (scene)」という概念で、従来の(エスニックな)「コミュニティー」に根ざしてアンダーグラウンドにまで連なる(たとえば)ダンス音楽と対比して論じている。 ウィル・ストローはカナダのトロント、モントリオール、アメリカのロサンゼルス、デトロイト、イギリスのロンドンなどのオルタナティヴ・ロック・シーンを綿密に調査した。1980年代半ばまでに、カナダ、アメリカの都市部にはローカルなカレッジ/オルタナ・シーンが成立し、地域のレコードリリースやラジオ放送を利用した音楽活動が行われ、音楽的な多様性が担保されていた。この論文が出版された1991年ごろには、これらのシーンから生まれた音楽が、メインストリームに取り込まれていった。若者にとっては、グランジなどがそれまで主流だったポップ音楽よりも魅力のあるものと見られるようになっていった。 1980年代に登場したR.E.M.やソニック・ユースといったオルタナティヴ・ロック勃興の旗手となったバンド群は、その人気により1990年代に入ってメジャーシーンに参加することになる。1980年代ヘヴィメタル・ロックとは違った抽象性・アート性は、音楽雑誌『ローリング・ストーン』や『NME』などをはじめ、多くの音楽メディアで評価された。サウンド的には反産業ロック、オルタナティヴ志向だった。
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