せいか‐ほう〔セイクワハフ〕【青化法】
青化法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/26 19:32 UTC 版)
青化法(せいかほう)とは、金を水溶性の錯体に変化させることによって、低品位の金鉱石から金を浸出させる湿式製錬技術である[1]。シアン化法とも言う他、開発者の名を取ってマッカーサー・フォレスト法(MacArthur-Forrest process)とも呼ばれる。
全世界のシアン化合物の生産量の13パーセントが、金や銅、亜鉛、銀を回収するために処理する薬剤として使用されている。残りの87パーセントは、プラスチックや接着剤、農薬の製造などに使用されている[2]。シアン化合物は毒性が強く、青化法は問題のあるプロセスであるとして、少数の国や地域では使用が禁止されている。
歴史
1783年にカール・ヴィルヘルム・シェーレがシアン化合物の水溶液に金が溶けることを発見した。1844年のBagration、1846年のElsner、1847年のファラデーの研究の成果により、金原子1つに対しシアン化物イオン2つが必要であることが分かった。つまり水溶性の物質の化学量論的な組成が明らかになった。
工業的プロセス

南アフリカのランドにおける金鉱山の拡大は、1880年代には失速し始めていた。新しい鉱脈は黄鉄鉱を伴う金鉱石であることが多くなったためである。当時の化学的プロセスや技術では、このような金鉱石からは金を抽出できなかったからである。
1887年にスコットランドのグラスゴーにあるTennant Companyで働いていたJohn Stewart MacArthurは、Dr. Robert ForrestとDr. William Forrestの兄弟とともに、金鉱石から金を浸出させるマッカーサー・フォレスト法を開発した[3]。この新たに開発された金の抽出法はランドで1890年に初めて利用され、完璧な操業はできなかったのにも拘らず、大規模な金鉱山への投資ブームを引き起こした[4]。
1891年までにネブラスカの薬品商であったGilbert S. Peytonが自身の保有するユタ州のMercur鉱山で、このプロセスを改善した。Mercur鉱山は、「青化法で金鉱石を処理した最初の商業的に成功したアメリカ国内の鉱山プラント」 であるとされている[5][6]。
1896年にはBodländerが、このプロセスには酸素が必要なことを確認した。このことにMacArthurは懐疑的であったが、中間体として過酸化水素が生成していることが明らかになった[4]。
1900年ごろには、アメリカの製錬技術者であるCharles Washington Merrill (1869年〜1956年)とエンジニアのThomas Bennett Croweが、シアン化合物による浸出液の処理方法を、真空と亜鉛粉末を利用して改善した。これはメリル・クロー法と呼ばれている[7]。
化学反応


金の水溶液に溶解する化学反応式は、Elsner Equationと呼ばれ、以下のようである。
カリフォルニア州MasonicにあるChemung鉱山に放置されたシアン化ナトリウムの入ったドラム缶 金の生産の90%が青化法を利用している[13]。しかし、青化法はシアン化合物の毒性のため批判の対象になっている。シアン化合物の水溶液は、日光の下で速やかにより毒性の低いシアン酸やチオシアン酸へ転換するが、これらは何年間も分解されない。人間の死亡している著名な災害も起きている。人間は汚染された水を飲用したり、汚染された水系に近づかないように注意することができるが、シアンの漏洩は河川に壊滅的な影響を与え得る。漏洩場所から下流数マイルに渡って、全ての生き物を殺すことがある。だが、シアンはすぐに洗い流され、上流側の汚染されなかった場所から生き物が移り住んでくる。こうして生き物はすぐに復活する。ルーマニア当局によると、バヤ・マレのSomeș川でのプランクトンの数は、シアンの漏洩から16日以内に通常の60%まで回復したとしている[10]。しかし、ハンガリーとユーゴスラビアはこの数値を認めていない。
著名なシアン漏洩は下表のようである。
年 鉱山 国 発生事象 1978年 持越 日本 伊豆大島近海地震による鉱滓ダムの決壊 1985年から1991年 Summitville US リーチパッドからの漏洩 1980年代から現在 Ok Tedi パプアニューギニア 管理が不充分な状態での廃棄物の排出 1995年 Omai ガイアナ 鉱滓ダムの決壊 1998年 クムトール キルギス トラックの転倒 2000年 バヤ・マレ ルーマニア 鉱滓ダムの決壊 (en:2000 Baia Mare cyanide spillを参照) 2000年 Tolukuma パプアニューギニア ヘリコプターが貨物を森林へ落下させた[14]。 2018 San Dimas メキシコ トラックがドゥランゴのPiaxtia川へ200リットルのシアン化合物水溶液を漏洩させた[15]。 このような漏洩を受け、ルーマニアのRoşia Montanăや、オーストラリアのLake Cowal、チリのPascua Lama、マレーシアのBukit Komanなどではシアン化合物を使う新しい鉱山開発への激しい反対運動が起きている。
青化法の代替法
シアン化合物は、安価で、効率が良く、生物によっても無害化され得る。しかしながら、シアン化合物は毒性が強いために、より毒性の低い薬剤により金を浸出させる新しい方法が開発されている。
シアン化合物以外の浸出用薬剤には、チオ硫酸(S2O2−
3)や チオ尿素(SC(NH2)2)、ヨウ素/ヨウ化物、アンモニア、水銀(アマルガム法)、アルファシクロデキストリンなどがある。 薬剤コストや金の回収率などが課題となっている。チオ尿素は、輝安鉱を含む鉱石の処理に商業的に使用されている[16]。水銀は古くから(青化法が開発されるより前から)利用されてきたが、環境問題や健康問題(作業に従事する労働者が無機水銀中毒に罹る可能性が高い)から近年は使用が控えられている。なお、金鉱石としてではなく、含金珪酸鉱と呼ばれる銅の乾式製錬用の融剤として出荷し、「副産物」として金が分離生産される場合もある。日本における金の生産はこちらが主力となっており、青化法を実施している日本の鉱山は2019年現在では串木野鉱山(支山である赤石鉱山産の鉱石や買鉱を原料とする)のみとなっている。
法的規制
アメリカ合衆国のモンタナ州[17]とウィスコンシン州[18]、チェコ共和国[19]、ハンガリー[20]などでは、シアン化合物を利用した製錬が禁止されている。しかし欧州委員会は、以下に述べる既存の規制が充分に環境保全と健康被害の防止のために機能しているとして、このような禁止の提案を拒否している[21]。ルーマニアにおける青化法を禁止しようとする動きは、ルーマニア国会で数回に渡って否決されている。 現在ルーマニアでは、シアン化合物の金鉱山での使用禁止を求める反対運動が起きている。 (en:2013 Romanian protests against the Roșia Montană Projectを参照)
EUでは、有害な化学物質の工業的な利用は、Seveso II Directive (1979年のダイオキシンに関する災害の後に導入された82/501/EEC[22]を置き換えるDirective 96/82/EC[23]のことで「遊離シアンと遊離シアンを発生させる化合物の水溶液」は地下水の水質を現在または将来に悪化させる排出は、規模に関わらず、Groundwater Directive (Directive 80/68/EEC)[24]のList Iで規制されている。Groundwater Directiveは、2000年にWater Framework Directive (2000/60/EC)[25]によってほとんどが置き換えられている。)で規制されている。
2000年のバヤ・マレでのシアン漏洩に対応して、欧州議会と欧州理事会は、製錬業から発生する廃棄物 の管理について、Directive 2006/21/ECを採択した[26]。Article 13(6)には、「鉱滓ダム中のWADシアン[27]の濃度は、利用可能な最良の技術によって、できる限り低くしなくてはならない」としており、2008年5月1日以降には、10ppmを越えるWADシアンを含んだ廃棄物は、排出できないこととなった。以前から青化法を使用している鉱山は、当初は50ppを越えないことが求められるが、2013年には25ppm、2018年には10ppmに段階的に基準が引き下げられる。
Article 14では、鉱山の閉山後に確実に有害物を除去できるようにする財務的な保証をしなければならないと定めている。このことは特に、小規模な会社がEU圏内で金鉱山を開発する場合には、大きな影響を与える。
業界では自主的にCyanide Code[28]を定めており、企業におけるシアン化合物の管理について第三者による監査も行った上で、環境への影響を少なくしようとしている。
脚注
- ^ Rubo, Andreas; Kellens, Raf; Reddy, Jay; Steier, Norbert; Hasenpusch, Wolfgang (2006). “Alkali Metal Cyanides”. Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry. doi:10.1002/14356007.i01_i01. ISBN 978-3527306732
- ^ Barrick Gold - Facts About Cyanide Archived 2010-09-20 at the Wayback Machine.
- ^ “Methods to recover Gold II” (2013年5月14日). 2018年10月13日閲覧。
- ^ a b Habashi, Fathi Recent Advances in Gold Metallurgy Archived 2008-03-30 at the Wayback Machine.
- ^ The alumni quarterly and fortnightly notes. University of Illinois. (1921-01-01) 2016年5月1日閲覧。
- ^ “Mercur, UT”. 2016年5月1日閲覧。
- ^ Adams, Mike D. (2005-12-02). Advances in Gold Ore Processing. Elsevier. pp. XXXVII–XLII. ISBN 978-0-444-51730-2. ISSN 0167-4528
- ^ Greenwood, N. N.; & Earnshaw, A. (1997). Chemistry of the Elements (2nd Edn.), Oxford:Butterworth-Heinemann. ISBN 0-7506-3365-4.
- ^ (Web Archive) Technical Bulletin, https://web.archive.org/web/20091023235047/http://www.multimix.com.au/DOCUMENTS/Technical%20Bulletin1.PDF
- ^ a b UNEP/OCHA Environment Unit "UN assessment mission - Cyanide Spill at Baia Mare, March 2000"
- ^ Maprani, Antu C.; Al, Tom A.; MacQuarrie, Kerry T.; Dalziel, John A.; Shaw, Sean A.; Yeats, Phillip A. (2005). “Determination of Mercury Evasion in a Contaminated Headwater Stream”. Environmental Science & Technology 39 (6): 1679–1687. doi:10.1021/es048962j.
- ^ Al, Tom A.; Leybourne, Matthew I.; Maprani, Antu C.; MacQuarrie, Kerry T.; Dalziel, John A.; Fox, Don; Yeats, Phillip A. (2006). “Effects of acid-sulfate weathering and cyanide-containing gold tailings on the transport and fate of mercury and other metals in Gossan Creek: Murray Brook mine, New Brunswick, Canada”. Applied Geochemistry 21 (11): 1969–1985. doi:10.1016/j.apgeochem.2006.08.013.
- ^ "Long Term persistence of cyanide species in mine waste environments", B. Yarar, Colorado School of Mines, Tailings and Mine Waste '02, Swets & Zeitlinger ISBN 90-5809-353-0, pp. 197 (Google Books)
- ^ BBC News BBC: "Cyanide seeps into PNG rivers" March 23, 2000.
- ^ Wilson, T.E. La politica es la politica: "After cyanide spill, can First Majestic clean up its act?" April 21, 2018.
- ^ La Brooy, S.R.; Linge, H.G.; Walker, G.S. (1994). “Review of gold extraction from ores”. Minerals Engineering 7 (10): 1213–1241. doi:10.1016/0892-6875(94)90114-7.
- ^ The Citizens Initiative banning of cyanide mining in the State of Montana, US Archived October 21, 2007, at the Wayback Machine.
- ^ 2001 Senate Bill 160 regarding the use of cyanide in mining.
- ^ “Czech Senate bans use of cyanide in gold mining”. Nl.newsbank.com (2000年8月10日). 2013年1月3日閲覧。
- ^ Zöld siker: törvényi tilalom a cianidos bányászatra! Archived July 21, 2011, at the Wayback Machine.
- ^ International Mining - European Commission rejects proposed ban on using cyanide in extractive industry, July, 2010
- ^ Council Directive 82/501/EEC of 24 June 1982 on the major-accident hazards of certain industrial activities. Not in force.
- ^ Council Directive 96/82/EC of 9 December 1996 on the control of major-accident hazards involving dangerous substances. For the modifications see the consolidated version.
- ^ Council Directive 80/68/EEC of 17 December 1979 on the protection of groundwater against pollution caused by certain dangerous substances. Not in force.
- ^ Directive 2000/60/EC of the European Parliament and of the Council of 23 October 2000 establishing a framework for Community action in the field of water policy (the Water Framework Directive). For the modifications see the consolidated version.
- ^ Directive 2006/21/EC of the European Parliament and of the Council of 15 March 2006 on the management of waste from extractive industries. For the modifications see the consolidated version.
- ^ Weak Acid Dissociable (WAD) Cyanide: 弱酸によって解離されるシアン化合物(のシアン換算量)
- ^ ICMI www.cyanidecode.org International Cyanide Management Code For The Manufacture, Transport and Use of Cyanide In The Production of Gold
外部リンク
- 北川勝彦、1886-1914年の南アフリカにおける金鉱業について : Corner House Groupを中心として 関西大学経済論集 1980年 30巻 1号 P.17-34, hdl:10112/14571
- Efforts at a cleaner process
- Yestech A different commercial method that does not use toxic cyanide
- Cyanide Uncertainties (PDF)
青化法(シアン化法)
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金を青化ソーダや青化カリ水溶性の錯体に変化させた後に、水溶液を亜鉛と反応させることで抽出する方法である。19世紀末から実用化され、それ以降は金生産の90%以上で利用されている。
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