震度階級の創設と改訂とは? わかりやすく解説

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震度階級の創設と改訂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 06:57 UTC 版)

気象庁震度階級」の記事における「震度階級の創設と改訂」の解説

日本地震計による地震観測始まったのは1872年明治5年)であるが、その8年後の1884年明治13年)、当時内務省地理第四部 験震課長務めていた関谷清景が全18からなる地震報告心得』をまとめ、全国600か所の郡役所から地震情報収集開始した。これが日本最初統一様式での震度階級である。当時は「微震」「弱震」「強震」「烈震」の4段階で、例え微震なら「僅ニ地震アルヲ覚ヘシ者」というように短い解説文があった。 その後1898年明治31年)に微震前に微震感覚ナシ)」、微震弱震の間に「弱震震度弱キ方)」、弱震強震の間に「強震震度弱キ方)」が追加されるとともに、0 から 6 までの数字振られ7段階となるが、このときは解説文が省かれた。1908年明治41年)には各階級に解説文が復活する1936年昭和11年)には現在の地震観測指針にあたる内規地震観測法」が定められ、「微震感覚ナシ)」を「無感」、「弱震震度弱キ方)」を「軽震」、「強震震度弱キ方)」を「中震」に改称するこの頃観測点はもっと増えており、気象庁資料では1904年明治37年時点気象官署民間委託区内観測所等)の観測点併せて1,437か所あって、その後昭和30年代(1955 - 1964年ごろ)までこの数が維持されていたという。 1949年昭和24年1月の「地震観測法」改正により震度7設けられ震度0から 7 の8段階とされた。これは、家屋倒壊90%を超えた地区があった1948年昭和23年6月28日福井地震被害を、震度6では適切に表現できないのでは、という声が上がったからだとされている。また、震度7判定震度6までとは異なり気象庁機動観測班が後日行う実地調査に基づく判定限られ具体的には「家屋倒壊30%以上」などの基準設けられていた。ただし、震度7制定された詳しい経緯家屋倒壊30%以上の根拠明らかになっていない。なお、この改正時さらに、それぞれの震度に「無感」「微震」「軽震」「弱震」「中震」「強震」「烈震」「激震」の名称が与えられた(軽微・強中弱・激烈表現から採られたという)。また、震度津波予報判断材料とすることが定められ、素早い判定のために震度4と6の体感様子説明文追加された。後の1978年昭和53年)にはすべての階級体感追加されている。

※この「震度階級の創設と改訂」の解説は、「気象庁震度階級」の解説の一部です。
「震度階級の創設と改訂」を含む「気象庁震度階級」の記事については、「気象庁震度階級」の概要を参照ください。

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