雇用と求職
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 00:22 UTC 版)
中世の奉公人とは異なり、使用人は雇い主を選ぶ自由を持っていたが、反面、仕事は自分で探す必要があり、職の紹介は非常に重宝された。特に農村出身者が初めて家事使用人の職に就く場合は地域の有力者が然るべき職場を紹介することが多かった。都市出身よりも従順でつらい仕事にもよく耐えると考えられていたため、農村出身者は然るべき紹介さえあれば比較的容易に働き口を見つけることが可能であった。また家族の噂話を近隣に広めない為には可能な限り遠方出身者を雇用する事が望ましいとも考えられていた。 有力者に縁故が無い場合、代わって斡旋を行ったのは小売業者であった。様々な家庭に出入りする商人はどの家庭が人手を欲しがっているかをよく認識していた。また友人・同僚の紹介という手段も有効であった。雇用主や上司の性格など職場内部の情報を事前に詳しく聞くことができるという点でこの方法は優れていた。 これといったツテの無い地方出身者は雇用市を利用した。これは特に農場主の家庭に雇われる家事使用人に利用される事が多い方法で、職種を表す箒やスプーンを持ち使用人を探す人たちに自分を売り込む場所であった。しかし、この雇用市の習慣は奴隷市場を連想させることから次第に下火になっていった。代わって登場したのが新聞広告と斡旋所である。これら二つの手段は特に都市部において頻繁に利用されていたが、詐欺などに利用されることもあり、知り合いに紹介してもらう方が好ましいとされていた。 最後に救貧院出身者には救貧院からの斡旋という途があった。救貧院では就業可能年齢になるとすぐに救済を打ち切り、収容者を働きに出したが、女性であれば選択の余地はほとんど無く、家事使用人の職が紹介された。しかし、このような救貧院出身者は給与が低い反面、高価な品物の扱いには慣れていないと考えられており、彼女らを雇い入れたのは中流でも最下層の人々がほとんどであった。
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