過去の対戦のエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 15:31 UTC 版)
「コルカタダービー」の記事における「過去の対戦のエピソード」の解説
1960年代はモフン・バガンの黄金期であり、イースト・ベンガルに対して勝利し続けた。リーグ戦ですでに優勝を達成していたモフン・バガンはIFAシールド決勝戦において、ライバルのイースト・ベンガルをホームスタジアムで破って二冠を達成した。3-1の勝利は革新的な戦術を持ち込んだ監督アマル・ドゥッタ(英語版)のもと、4-2-4という革命的なフォーメーションによるものであった。 歯車は次第に回り始め、1970年代にはイースト・ベンガルの時代が到来する。この時期、イースト・ベンガルは6年間に渡りコルカタ・ダービーで負けることはなく、IFAシールド決勝戦では5-0でライバルを破っている。イースト・ベンガルが5-0で破ったこの試合は、IFAシールド決勝戦の歴史上最大得点差記録となっており、さらにイースト・ベンガルはこれ以降IFAシールド5連覇を達成している。この際、あまりにも不甲斐ない屈辱的な負け方に激怒したサポーターから逃れるように、モフン・バガンの選手たちの何人かはガンジス川のボートにこもって一夜を明かすこととなった。 最も記憶に残るコルカタ・ダービーの試合は間違いなく1997年に開催された試合であり、この試合には131,000人の観客が詰めかけた。この13万人を超す観客数は現在までインドのスポーツにおける最大観客数記録となっており、12万人を収容するソルトレイク・スタジアムの収容人数を越える観客が訪れた。フェデレーションカップの準決勝となったこの試合において、インドでも有数の有名サッカー選手、バイチュン・ブティアはハットトリックを達成、イースト・ベンガルを4-1の勝利に導いている。しかし、彼は決勝戦では同じようにヒーローとなることはできず、チームもサルガオカーに敗れて準優勝に終わっている。
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