資金の収集
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 09:03 UTC 版)
リトアニア政府はリタスの価値を担保する金や債券を保有していなかった。そのためリトアニアは為替平衡資金としておよそ2億USドルを調達しなければならなかった。そこでリトアニアはまず、戦前の金準備約10トンをフランス、イギリス、スウェーデンなどから還収することを模索した。戦間期にリトアニアは金準備を自国ではなく、他国の金融機関に預託していたが、1940年にリトアニアが占領されてから、この金準備は「所有者なし」とされた。これは戦後になってもリトアニアが独立を回復せず、西側のほとんどの諸国が、リトアニアを併合したソビエト連邦に金の所有権の継承を認めなかったためである。実際に、イングランド銀行は1967年に「所有者なし」の金をソビエト連邦に売却している。ところが1992年1月にイングランド銀行はこの売却が「バルト三国の国民に対する背信行為」であると発表し、イングランド銀行にもともと預けられていた金(当時の価値にして9000万ポンド)をバルト三国に返還した。このうちリトアニアは1850万ポンド(金95000オンス)の所有者として認められた。同様に1992年3月にリトアニアはフランス銀行とスウェーデン国立銀行に所有していた金を還収した。 1992年10月、国際通貨基金(リトアニアは1992年4月29日に加盟)は2305万USドルを為替平衡資金として融資した。ところが新通貨の導入の時点でリトアニアは為替平衡資金として1億2000万USドルしか集められなかったと見られている。この事実はリタスの評価や信用を傷つけないために極秘とされた。
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