詩と思索
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 09:24 UTC 版)
「ステファヌ・マラルメ」の記事における「詩と思索」の解説
マラルメの詩と思索は難解さをもって世に知られる。詩作初期からその傾向があったが、前述の危機以降、それはますます強くなる。文法が一般的なフランス語法から乖離していることもその一因である。それは詩に留まらず、後期の散文にも当てはまる。マラルメが好んで難解さを求めたこと、物事を仄めかすことによって何かを伝えることを目的としたこと、文法よりも詩的リズムを重視したことなどが理由として挙げられる。 彼の思索は、その文学中心主義に特徴がある。「世界は一冊の書物に至るために作られている」という彼自身の言葉がそれを表している。後に『ディヴァガシオン』(1897年)に収められるさまざまな分野にまたがる評論・批評(バレエ、音楽、絵画、あるいは政治事件など)は、常に文学の問題へと収斂されていく。例えばバレエを「身体で描くエクリチュール(文字、書く行為)」ととらえて表現した有名なことばなどは、20世紀の舞踊論に大きな影響を与えたが、芸術の表象が記号として機能していることを早くに喝破した。 そしてそのように、文学にまつわるあらゆる事象を読解するその視線は、いまなお多くの可能性を含んでいる。
※この「詩と思索」の解説は、「ステファヌ・マラルメ」の解説の一部です。
「詩と思索」を含む「ステファヌ・マラルメ」の記事については、「ステファヌ・マラルメ」の概要を参照ください。
- 詩と思索のページへのリンク