北原怜子
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北原 怜子(きたはら さとこ、1929年8月22日 - 1958年1月23日)は、キリスト教の教義に基づき献身的な活動を展開した社会奉仕家である。「蟻の町のマリア(ありのまちのマリア)」とよばれた。東京都出身。
- ^ 北原怜子は堅信名が「マリア」であり、霊名としては「エリザベト・マリア」とされる。カトリック教会では「尊者エリザベト・マリア・北原怜子」と呼ぶ。
- ^ 日本大百科全書、小学館
- ^ 北原は昭和31年、東京都から収集鑑札を交付された。届け出た住所は台東区浅草。
- ^ 野付牛町誌 北海道常呂郡野付牛町 昭和2
- ^ a b c 『人事興信録 第15版 上』北原金司
- ^ a b c 北原怜子歴史が眠る多磨霊園
- ^ 北原怜子さんの話
- ^ ベリス・メルセス宣教修道女会 カトリック広島司教区
- ^ a b c 酒井友身『アリの街のマリア』女子パウロ会、1988年。ISBN 4-7896-0292-3。
- ^ やなぎやけいこ『アリの町のマリア』ドンボスコ社、2002年。ISBN 4-88626-333-X C0023。
- ^ 酒井友身著による伝記『アリの町のマリア』によると、この時の北原一家は、この姉の嫁ぎ先である浅草の履物問屋の敷地内に2階家屋を建て、その家に移住したことが書かれている。
- ^ a b c d 松居桃楼 『アリの町のマリア 北原怜子』 春秋社、1998年。
- ^ a b c d 北原怜子 『蟻の街の子供たち』 聖母の騎士社〈聖母文庫〉、2003年。
- ^ ゼノ修道士は叙階を受けていないため、司祭ではないので本来は『神父』の敬称は使われない。ただし、この新聞報道によって、地元司教が彼の功績を認め、『ゼノ神父』と呼称することを認めたエピソードがある。参照:『ゼノ死ぬひまない』松居桃楼著
- ^ 一般には「神の僕 (Servant of God)」日本では女性の場合「神の端女 (はしため)」と呼んでいる。
- ^ a b 「言葉と行いの一致のうちに」『カトリック生活』ドン・ボスコ社、2015年9月号。1頁。
- 1 北原怜子とは
- 2 北原怜子の概要
- 3 ゼノ修道士との出会い
- 4 列福運動
- 5 著作
固有名詞の分類
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