第七話 鼻
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/05 03:37 UTC 版)
「腕 -駿河城御前試合-」の記事における「第七話 鼻」の解説
第七試合の出場者の禅智内供は、人並みはずれて長い鼻の持ち主だった。親のいない内供は、これまでその鼻のために苦しみ続ける毎日を送っていた。生まれてすぐに預けられた寺でも、そこを飛び出して流浪している間も、その異相を蔑まれる地獄の日々であった。彼は戦があればそこに雇われてわずかな給金を得、戦が終わればまた流浪するという貧しい生活をしていた。そんな彼も自分にはいつかはいい日が来る。真っ当に生きさえすれば、いつかは普通の鼻になり、町へ行って人々の間に交わり、何気ない人並みの生活ができる。そんなささやかな夢を抱いていた。 しかし、ある日、内供は娘を追い回す兵を見かける。娘を助けるため、兵を斬り殺すが、その者は娘の兄であり、2人はただじゃれ合っていただけであったのだ。かけつけた村人たちは、内供の鼻を見て化け物と呼び、また彼がこれまで蓄えた銭を見てどこかから盗んだものと決め付けた。内供を化け物呼ばわりしながら追い回す村人たち。怒りを抑えきれなくなった内供は、男たちを皆殺しにし、女を捕らえては犯し、家に火を放ち、立ち去った。 その時以来、内供は行く先々で男を殺し、女を犯し、人が変わったように悪事を働くようになった。流浪を続けた内供は、ある時、天動流の道場に身を寄せた。そこには顔に傷のある1人の女性がいた。御前試合第6試合の出場者 - 磯田きぬであった。きぬは、内供の異相を気に留めず、笑顔を向け彼が普通の男であるかのように接してくれた。きぬの優しさに触れるうち、彼も真っ当に暮らしていた昔の自分に戻ろうと決意した。しかし、きぬは、駿府に出向き、そこにいる想い人を斬らねばならぬと内供に告げた。 駿府に旅立ったきぬを見送った内供のもとに、1人の駿河藩士が訪れた。駿府城で行われる御前試合に彼と立ち会いたい者がいるとの申し出を、二つ返事で内供は受け入れた。きぬが向かった駿府に内供もまた足を運んだ。彼を名指しで勝負を挑んだ者は何者なのか? 内供の対戦相手・戸田伝衛門は新虎流の師範を名乗る初老の剣士だった。男に見覚えがあるように思える内供に、伝衛門は語りかける。「わしはおまえの…」その言葉をさえぎるように斬りかかる内供。内供は自分を捨てた父親に、生まれてから今までの苦難の全て、異様な鼻を持ったがための地獄の日々、その恨みと悲しみの全てをぶつける。やがて内供の剣が伝衛門を斬り裂き、決着がついた。その場に座り込むようにして崩れ落ちた伝衛門の顔を見て、内供は思い出した。ある時、1人の娘を犯した後、その父親がその場に現れたことを。その男こそが、今自分が斬った伝衛門であることを。どこまでも自分を苦しめ続ける天を呪いながら内供は慟哭した。 登場人物 禅智 内供(ぜんち ないぐ) 芥川龍之介の小説『鼻』に登場する僧のように、ヘチマのごとく長い鼻を持つ異相の男。その鼻を隠すため、常にふんどしで顔の下半分を覆っている。 戸田 伝衛門(とだ でんえもん) 新虎流の戸田道場師範。髪が白くなった初老の剣士。 原作との相違点 原作『駿河城御前試合』には無い、オリジナルストーリー。
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