テウルギア
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テウルギア(ギリシア語:θεουργία; テウールギアー)は、神々の御業への祈願もしくは神々の来臨の勧請という意図をもって行われる儀式の営みを指す。特に、神的なるものとの合一(ヘノーシス)および自己の完成を目指して行われる。その儀礼は実質的に魔術的なものともみなされる。
- ^ 『エリアーデ オカルト事典』「訳語について」
- ^ 山口義久 「プロティノスと新プラトン主義」 『哲学の歴史 第2巻 帝国と賢者 古代II』 責任編集・内山勝利、中央公論新社、2007年、558頁。
- ^ a b Luck 2006, p. 51.
- ^ Luck 2006, p. 52.
- ^ Pliny the Elder, Naturalis Historia, liber xxx (2015年4月9日閲覧)
- ^ ベッツ [1989] 2002, p. 189.
- ^ a b Luck 2006, p. 508.
- ^ ドッズ [1951] 1972, pp. 356-357.
- ^ ドッズ [1951] 1972, p. 350.
- ^ Cf. "Lewy">Lewy, Hans, Chaldaean Oracles and Theurgy, Cairo 1956, pp. 421-466. (主に Michel Tardieu, Revue des Études Augustiniennes 58 (1978) による改訂版を参照・引用。)
- ^ http://www.iep.utm.edu/neoplato/
- ^ http://thedivinescience.org/origin-and-nature-of-theurgy/
- ^ Cf. "Shaw">Shaw, Gregory, Theurgy and the Soul: The Neoplatonism of Iamblichus, Penn State Press, 1971, page 115.
- 1 テウルギアとは
- 2 テウルギアの概要
- 3 ユリアヌス帝
神働術
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『カルデア神託(英語版)』においては、ヘカテーは世界霊魂であり、父と知性を媒介する「力」(デュナミス)としての女性原理である。 後4世紀のローマ皇帝ユリアヌスは、カルデアの神学と神働術を取り入れたイアンブリコス派新プラトン主義の影響を受け、神働術のヘカテーに捧げた『神々の母への賛歌』を著した。ユリアヌスは「神々の母」としての神働術のヘカテー、即ち冥界と地上を結ぶ女神を、ローマ帝国の各地で信仰されていたさまざまな月の女神や地母神と同一視した。後5世紀アテナイの新プラトン主義者プロクロスは、かれの後継者マリノスの『プロクロス、あるいは幸福について』(通称『プロクロス伝』)によれば、ヘカテーの光り輝く姿を幻視したという。 タルデューの論述によれば、これら『カルデア神託』の註釈を書いたと伝えられる新プラトン主義者たちの受け継いだヘカテー観は、魔術パピルス文書のあらわすシンクレティズムから汲み上げられた養分によって肉付けされているという。
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神働術
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「カルキスのイアンブリコス」の記事における「神働術」の解説
神聖な宇宙の構成の複雑さにもかかわらず、イアンブリコスは救済を究極的な目的とした。受肉せる魂は特定の儀礼、すなわち神働術(テウルギア;逐語的には「神の働き」の意)を行うことによって神性に帰還することになっていた。テウルギアを「魔術」と訳す者もいるが、魔術という語の近代的含蓄はイアンブリコスの考えていたことと厳密には合致しない。むしろテウルギアとは秘跡的な宗教儀礼に近いものである。それでもやはり、こういった営みは、今日なら「魔術」の試みと受け取られるようなことをいくぶんかは伴っていた。 肉体の中に閉じ込められた魂は物理的な必然性に支配されるが、しかし魂はそれでも神的で理性的である。物質的で不完全で死すべき領域のまさしく一部でありながら、同時に不死的・神的な本性の一部でもある、ということは矛盾している。個の魂は、いわば受肉した「迷える」魂であり、そのより深い、神的な本性とのつながりを失い、自己疎外に陥っている。この矛盾の内に悪の起源についてのイアンブリコスの考えがあると目されているが、イアンブリコス自身はこのことに関して何も言っていない。 これはイアンブリコスが先代の巨匠ポルピュリオスと意見を異にする領域でもある。ポルピュリオスは精神的観想のみで救済がもたらされると信じた。ポルピュリオスはイアンブリコスの神働術に対する考えを批判する書簡を書いており、イアンブリコスの書いた「エジプト人の秘儀について」はその書簡に対する返答として書かれたものである。 イアンブリコスの解するところでは、超越的なものは理性を超越しているがゆえに、超越的なものを精神的な黙想によって把握することはできない。神働術は、存在の諸階層において神的「しるし」を辿っていくことによって超越的本質を回復することを目的とする一連の儀式と作業である。教育は、アリストテレス、プラトン、ピュタゴラス、そして「カルデア神託(英語版)」にも示されているような事物の枠組というものを理解する上で重要である。神働術者は、「同類を以て同類に」作用させる。すなわち、物質的なレベルでは、物質的な象徴と「魔術」によって、より高いレベルでは、心的かつ純粋に霊的な実践によって。神的なものと物質的なものを調和させることから始めて、神働術師は最終的に魂の内的な神性が神と合一する段階まで到達する。 イアンブリコスは、一般大衆が行う儀式は実質的には物質的なものであり、一方で神性に近い(極少数の)高度な人々は観想を通じて神的な領域に到達できる、ということを言わんとした。
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