真空の崩壊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/17 03:47 UTC 版)
もし、現在の我々がいる宇宙の真空が偽の真空だった場合、ポテンシャルの極小値に停留している状態に過ぎない。例えると、坂道を転がるボールが、坂を下りきる途中の穴に転がり落ちた状態である。ポテンシャルの障壁を乗り越える、すなわち落ちたボールが外に飛び出て再び坂を転がるには、ボールが穴から強く蹴り上げられるか、穴の横の地中を直接通り抜けて再び地面に戻るかのどちらかの方法をとらなければならない。現在の真空が相転移するこの現象を「真空の崩壊」と呼ぶ。 ボールを強く蹴り上げるというのは、真空に高エネルギーを与える事である。それは、高エネルギーの粒子を衝突させることで実現できる。大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、荷電粒子を加速することにより、最大で約10TeVのエネルギーを1個の粒子に与えることができる。しかし、LHCが真空崩壊を引き起こす可能性は極めて低い。なぜなら、宇宙には超高エネルギー宇宙線と呼ばれる、最大で320EeVと、LHCの3000万倍のエネルギーをもつ宇宙線が実在し、地球大気を構成する粒子にも絶えず衝突している。そのような宇宙線が真空崩壊を引き起こす可能性は、LHCが真空崩壊を引き起こす可能性と比較すれば圧倒的に高いにも係わらず、これまで真空崩壊は観測されていないことから明らかである。 ボールが地中を移動するというのは、古典的に考えればトンネルを掘らない限りは不可能に思えるが、量子論では不確定性原理により、あたかもトンネルを掘ったかのように障壁を乗り越えてしまう事がある。これをトンネル効果と呼ぶが、トンネル効果は、ある確率によって発生する。ポテンシャルの障壁が大きい場合には、その確率は低くなるが、ゼロにはならない。 仮に真空の崩壊が宇宙のどこか1点でも発生した場合、ポテンシャルの差による膨大なエネルギーが生ずる。それによって、周りの偽の真空も連鎖的に真の真空へと相転移する連鎖反応が発生する。それはちょうど、偽の真空に包まれた空間の1点に真の真空の泡が発生し、それが膨張するように見える。発生した真の真空は球体であり、エネルギーは体積に比例するため、真の真空の泡の単位表面積あたりのエネルギーは泡の膨張と共にますます増加していく。泡は光速で膨張すると考えられ、泡の表面は極めて高エネルギーであるため、触れた全ての構造は一瞬にして崩壊してしまう。また光速でやってくる以上、実際に泡に衝突するまで、観測者が泡の存在を知ることは不可能である。真の真空に相転移すると各種の物理定数は変化するため、どの値をとるにせよ、現在我々が知る構造は発生し得ないと考えられる。 なお、実際に真空の崩壊が起こったとしても、先述の通り真の真空の泡は光速でやってくる。そのため、この宇宙のどこかで今この瞬間発生したとしても、人類が住んでいる場所に真空の崩壊が達するのは数十億年も先であると推定される。なぜならば、真空の崩壊をもたらすような物理現象は宇宙空間のどの場所においても均等な確率で発生するため、数十光年という極めて小さな範囲で発生する確率よりも、数十億光年という大きな範囲で発生する確率の方がはるかに高いためである。
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