津山線列車脱線事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 22:45 UTC 版)
「日本の鉄道事故 (1949年以前)」の記事における「津山線列車脱線事故」の解説
1945年(昭和20年)11月27日[要出典] 津山線建部駅 - 金川駅間を走行中の上り第611客車列車(C56形127号機牽引、4両編成)において、機関士が後部確認の際に2両目客車が異常に傾いているのを発見、列車を止めて調べたところ車内で乗客5人が死亡、6人が負傷していた。 前位車輪が車軸の破損により脱線分離しており、終戦直後の物資の不足が背景にあったとされている。
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津山線列車脱線事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 15:00 UTC 版)
「日本の鉄道事故 (2000年以降)」の記事における「津山線列車脱線事故」の解説
★2006年(平成18年)11月19日 5時32分頃(列車脱線事故、線路障害) 岡山県岡山市のJR西日本津山線玉柏駅 - 牧山駅間を走行中の津山発岡山行き普通列車(キハ120形気動車2両編成)が、運転士が前方の線路上に笹が倒れているのを視認したため非常制動を執ったが、その箇所で左側に傾き脱線・転覆した。乗客25名と運転士1名が乗車していたが、重傷2人、軽傷24人と全員が負傷した。 脱線の原因は線路から100m上の斜面の岩盤から風化作用によって落石(推定110t)が発生し、落下の途中でレールに当たって損傷させたため。なお同区間は落石防止工事が必要となり、2007年(平成19年)3月18日まで不通になった。
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