波瀬中学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/23 17:01 UTC 版)
波瀬中学校は、1947年(昭和22年)4月15日に波瀬村立波瀬中学校として開校、波瀬小学校の2階8教室を借用するとともに、理科室などを小学校と兼用して授業を行った。大井・高岡・川合の3中学校との統合が検討された中で地域の要望が篤く、1948年(昭和23年)7月2日に独立校として存続することが認められた。そこで同年11月に、波瀬村議会は波瀬小学校の北側の土地に中学校を建設することを可決、北川次生の設計、黒川工業(津市)の施工で校舎を建設、1949年(昭和24年)12月15日に落成式を迎えた。なお、校舎は完全な新築ではなく、一部に小学校の校舎を移築して使用した。村の中学校であったため生徒数が少なく、1952年(昭和27年)からは部活動をバレーボール部に重点を置くこととした結果、郡大会や中勢地区大会で上位成績を収め、村のスポーツとしてバレーボールが普及した。 1955年(昭和30年)、一志町発足により波瀬村立波瀬中学校から一志町立波瀬中学校に改称、同年三重県教育委員会より産業教育指定校に指定され、翌1956年(昭和31年)には文部省指定となり、職業教育を推進した。生徒数が年々減少する中、1968年(昭和43年)頃から三和中学校との統合の検討に入り、1971年(昭和46年)4月1日の一志中学校発足により、24年の歴史に終止符を打った。閉校までに1,769人の卒業生を世に送り出した。
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