木造不動明王坐像
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木造不動明王坐像
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「横山不動」の名で当地方で広く信仰を集めている。丈六の巨像で像高275cm。平安時代、奥州藤原氏の勢力下で作製された。正中線と側面中央で矧ぎ合わせた4材から彫出したカツラ材寄木造。部材の改変は少なく、両手指のほとんどまで製作時の様相をとどめており、右手に持つ宝剣も当初のものとみられる。1997年(平成9年)6月30日、重要文化財に指定された。
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木造不動明王坐像(附:木造二童子立像)
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「伊崎寺」の記事における「木造不動明王坐像(附:木造二童子立像)」の解説
像高85.4センチ。頭体の主要部を一木から木取りし、これに体側、両脚部などに別材を矧ぐ。「伊崎寺縁起」によれば、相応和尚が葛川明王院の三の滝で修行中に不動明王を感得、歓喜して抱きついた葛(かつら)の木を三つに切って不動明王を造像し、葛川明王院、比叡山無動寺、そして伊崎寺へ祀ったという。実際の造像は、作風・技法等からみて、相応の時代よりやや下って、平安時代中期、10世紀末頃とみられる。両眼を大きく見開き、下の歯で上唇を噛み、牙を上方に突出させるなど、図像的には他の不動明王像にみられない特色があり、感得像(修行などの宗教体験を通じて、仏などの姿形を得て造った像)の一種とみられる。6か所で括る弁髪の形状も独特である。なお、本像と一具をなす二童子像は補修が多いことから、重要文化財の附(つけたり)指定となっている。
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