春の好調 - 秋の好不調
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 06:10 UTC 版)
「スイープトウショウ」の記事における「春の好調 - 秋の好不調」の解説
放牧を経て4歳春は、安田記念2着、宝塚記念優勝の好成績を残している。この頃は、坂路にスムーズに向かい、順調に調教を消化できていた。例えば恒例だった坂路前の立ち往生は、安田記念直前は1分。宝塚記念直前は2分で済んでいた。宝塚記念を終えて、秋を意気込む池添は「宝塚記念は普通にスタートが切れました。……秋もうまくスタートを切れるか分からないけど、今のスイープトウショウなら大丈夫」と述べていた。そして秋、毎日王冠直前はスムーズに調教できていたが、続く天皇賞(秋)直前は、坂路で30分立ち往生。1年ぶりに悪癖がぶり返してしまう。そして迎えたレース本番、それを競馬場でも披露してしまう。 当日は、第125代天皇明仁・皇后美智子が東京競馬場に来場し観戦していた。天皇が天皇賞を観戦するという史上初めての出来事であり、1899年、明治以来106年ぶりとなる天覧競馬だった。そんな中、スイープトウショウは一足先に馬場入場を行ったが、スタンド前の入場口の近くで立ち往生してしまう。池添が促しても歯向かうばかりで前進することができなかった。天皇、皇后の御前ということもあり、JRA職員に発走時刻を遅らせることはできないと注意されたが、どうしても動かなかった。池添は、スイープトウショウを諦めて、馬から降りている。通常の馬なら騎手を乗せた状態で、スタンド前の芝コースにて厩務員の手から放たれ、発走地点、ゲートに向かって馬が走るが、スイープトウショウは、厩務員に引かれたまま歩いて向かい、反対に騎手池添が走る始末だった。その後発走地点に到着したスイープトウショウは、ゲートは問題なく入り、5着に敗退している。池添は敗因をスローペースと捉えており、直前のアクシデントはレースに影響していないという。この件はJRAから「調教注意」の制裁を受けた。 中1週で臨んだエリザベス女王杯直前は、坂路前の立ち往生は8分で済んでいた。スイープトウショウを甘やかさず、負荷のかかる調教を実施。順調に進み、かつ当日も機嫌良く優勝している。エリザベス女王杯後は、骨折して約1年戦線を離れて5歳秋、復帰戦となる京都大賞典直前は、悪癖も全くなくスムーズに登坂し優勝。続く天皇賞(秋)直前は、立ち往生3分のみだった。スムーズに坂路に向かい、予定通り調教できる様子に鶴留は「大人になったかな」と捉えていた。
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