旧日本軍の礼砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 20:15 UTC 版)
旧日本軍の海軍礼砲は、海軍礼砲令に以下の規定がなされていた。 皇礼砲 天皇、太皇太后、皇太后及び皇后に対しては21発、他の皇族に対しては公式の時に限り同数の礼砲を行なう。 軍艦が外国領海内に入り答砲し得る軍艦、砲台がある場合は当該国の国旗に対し21発の礼砲を行なう。 天長節、紀元節その他特別の祝典に際しては皇礼砲を行なう。 海軍武官に対しては海軍大臣、軍令部総長、特命検閲使および海軍大将に対しては17発、海軍中将に対しては15発、海軍少将に対しては13発、代将司令官である大佐に対しては11発。 台湾総督、朝鮮総督及び関東長官に対しては17発。 その他文官に対しては、特命全権大使に19発、特命全権公使に15発、弁理公使に13発、代理大使及び公使に11発、総領事に9発、領事に7発、代理領事に5発。 これらの礼砲を施行する艦には武官に対する時は大檣頂にその将旗を掲げ、文官に対する時は前檣頂に国旗を掲げる。外国の礼砲に対しては、同数を答砲する。礼砲の発射間隔は毎発5秒である。 1939年(昭和14年)4月17日、ワシントンで客死した前駐米大使斎藤博の遺骨を乗せた重巡洋艦アストリア(USS Astoria, CA-34) が横浜港に来訪した際には、港内入口にて後檣に日本軍旗を掲げ、ラッパの音とともに21発の礼砲を発射。これに答える形で日本側の儀礼兼接伴艦であった木曽が21発の答砲を発射している。
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