旧和宇慶家墓(沖縄県石垣市字大川宇志原)
名称: | 旧和宇慶家墓(沖縄県石垣市字大川宇志原) |
ふりがな: | きゅうわうけいけはか |
名称(棟): | |
名称(ふりがな): | |
番号: | 2384 |
種別1: | 近世以前/その他 |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
指定年月日: | 2000.05.25(平成12.05.25) |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 基 |
代表都道府県: | 沖縄県 |
都道府県: | 沖縄県石垣市字大川宇志原1117-1 |
所有者名: | 石垣市 |
指定基準: | (五)流派的又は地方的特色において顕著なもの |
管理団体名: | |
管理団体住所: | |
管理団体指定年月日: | |
構造形式: | 石造墳墓 墓室部、内庭部、外庭部よりなる |
時代区分: | 江戸中期 |
年代: | 17世紀後期頃 |
解説文: | 旧和宇慶家墓は,石垣市街の北方,小高い丘陵にあって,西面している。 和宇慶家は,玻武名家から分家した大川村の旧家で,墓は本家から譲り受けたものと伝える。築造年代は,伝承などにより,17世期後半を降らないと考えられる。内部の石棺には,宮良間切りの頭が葬られていたという。 墓は洞穴式の墓室部と,石垣で囲まれた内庭部,及び外庭部からなる。墓室部は,自然の岩盤を利用し,洞穴囲込墓に屋根形を加えたものである。略半円形に琉球石灰岩の石垣を巡らした内庭,凸形に石垣を巡らした外庭など,発達した前庭部を備えている。 旧和宇慶家墓は,源初的な洞穴墓から発展した形式の典型といえる。沖縄地方における,墳墓形式の変遷を知る好例として,貴重である。 |
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