日本におけるチェアスキー開発の歴史とは? わかりやすく解説

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日本におけるチェアスキー開発の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/20 05:17 UTC 版)

チェアスキー」の記事における「日本におけるチェアスキー開発の歴史」の解説

日本においては神奈川県福祉関係者が、車椅子使用者にもスキー楽しんでもらうために研究始めたのが開発のきっかけとなった。また1998年長野県開催され長野パラリンピックにおいて、日本選手が使う用具産学官共同開発当たったことが、世界的にも高いレベル維持できている要因である。 1975年 開発開始 1980年 1型1984年 2型機/制動用のハンドブレーキなど過剰な装備取り除いたまた、アウトリガー採用しシートスキー連結部分にショックアブソーバー取り付けられた。 1987年 3型機/チェアリフトへの乗降が可能となったが、いったんリフト止める必要があった。 1988年 インスブルックパラリンピック開催銅メダル2個を獲得1990年 4型機/高速滑降が可能となり、競技会への参加も可能となった1992年 アルベールビルパラリンピック開催銅メダル2個を獲得1994年 リレハンメルパラリンピック開催。銀3、3の好成績収める。 これとは別に1980年頃から北海道札幌市北海道立肢体不自由者訓練センター当時現在の北海道立子ども総合医療・療育センター)の職員によって、神奈川県施設にて作られていたチェアスキー参考に、壊れた椅子パイプ不要スキー板といった廃物利用品にバイクショックアブソーバー組み合わせターンを可能として非常用ブレーキ備えた3本スキータイプの、現在のチェアスキー通ずるそりが考案試作されており、1982年昭和57年2月13日全道ハンディキャップスキー大会会場となった北見市北見若松市スキー場完成品2台の披露試乗会が行われ、参加者試乗体験者からかなりの好評得ていたという。

※この「日本におけるチェアスキー開発の歴史」の解説は、「チェアスキー」の解説の一部です。
「日本におけるチェアスキー開発の歴史」を含む「チェアスキー」の記事については、「チェアスキー」の概要を参照ください。

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