故障から復活、世界的ピアニストへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/08 18:49 UTC 版)
「マリア・ジョアン・ピレシュ」の記事における「故障から復活、世界的ピアニストへ」の解説
手首の故障から一時期、演奏活動から遠ざかっていたが、1980年代に復活を果たし、1986年のロンドン・デビュー、1989年のニューヨーク・デビューを果たす。1987年には、クラウディオ・アバド指揮するグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団のヨーロッパ・デビュー・コンサートに客演し、共にハンブルク、パリ、アムステルダムを廻った。 室内楽演奏にもすぐれており、1989年よりフランス人ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイと組んで演奏や録音を続け、1992年と1994年には、2人でヨーロッパ各地や日本での演奏旅行を行っている。1998年には、チェリストのジャン・ワンを加えたトリオとして、極東ツアーを行った。 1989年よりエラート・レコードからドイツ・グラモフォンの専属アーティストに移籍(デュメイも同時期にEMIから移籍)。モーツァルトのピアノソナタ集の録音により、1990年に国際ディスク・グランプリ大賞CD部門受賞。ほかに、モーツァルトとショパンのピアノ協奏曲やシューベルトの作品集、デュメイとの共演によるブラームス、モーツァルト、フランク、グリーグ、ドビュッシー、ラヴェルのヴァイオリンソナタがある。そのほかに、シューマンの『ウィーンの謝肉祭の道化』と、オーボエ奏者のダグラス・ボイドとの共演による『幻想小曲集 作品73』などの録音がある。 2008年8月~12月、NHK教育テレビの番組『スーパーピアノレッスン』の講師を務めた。
※この「故障から復活、世界的ピアニストへ」の解説は、「マリア・ジョアン・ピレシュ」の解説の一部です。
「故障から復活、世界的ピアニストへ」を含む「マリア・ジョアン・ピレシュ」の記事については、「マリア・ジョアン・ピレシュ」の概要を参照ください。
- 故障から復活、世界的ピアニストへのページへのリンク