戦後の騒動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 14:40 UTC 版)
落語協会分裂騒動 1978年(昭和53年)、6代目三遊亭圓生が落語協会理事会において、当時の常任理事であった3代目三遊亭圓歌・4代目三遊亭金馬・5代目春風亭柳朝の更迭、大量真打昇進の反対の動議を提出したが棄却されたことに起因しており、このことが後の真打昇進試験制度設立につながる。 立川流の創設 上記の落語協会分裂騒動では落語協会に残った7代目立川談志だが、1983年(昭和58年)に一門ごと脱会し、立川流を創設。昇進試験をめぐり落語協会主流派と7代目立川談志一門が対立したことが理由とされる。この事件は試験制度による改革も決して業界全体を満足させるものではないことを証明した(これに伴い昇進試験制度は1987年を最後に廃止され、現在は年功序列を基本しつつ、一部の優れた者については抜擢での真打昇進が運用されている。真打#抜擢真打を参照)。 この2騒動は真打制度の問題点が明らかになった一方、地方でのホール落語の開催増加や団体に所属しないフリーランスの落語家の登場など、落語そのものの幅を大きく広げることともなった。
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