弦楽のためのレクイエム
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『弦楽のためのレクイエム』(げんがくのためのレクイエム、英語: Requiem for Strings、フランス語: Requiem pour orchestre à cordes[注 1])は、武満徹が1955年から1957年にかけて作曲した弦楽合奏曲であり、武満の初期の代表作とされる[3][注 2]。当時結核を患っていた武満が、親交のあった作曲家早坂文雄の死を悼むとともに自らの死を意識しながら書き進めた作品であり[5][6]、早坂文雄に献呈されている[7]。初演の2年後にストラヴィンスキーがこの作品にコメントしたことは作品の評価のみならず内外における武満の名声を高めることにつながった。
注釈
- ^ 小野光子による作品表では武満が生前につけた欧文タイトルとして英語による表記が使われており[1]、サラベール社の出版譜ではフランス語による表記が使われている[2]。
- ^ 初演時、武満は27歳であった[4]。
- ^ 武満が早坂と知り合ったのは1948年に遡る[11]。小野(2016)は、早坂との交流を通じて武満が結核に感染したとしている[11]。
- ^ 新しく開発されたサイアジンという薬とヒドラジッドとを併用する治療法[15]。
- ^ 当時の劇団四季はジャン・アヌイなどによる演劇の公演を行っており、現在のようなミュージカル作品を取り上げるようになるのは後年のことである[16]。
- ^ 武満は、サミュエル・バーバーの『弦楽のためのアダージョ』のような作品を書きたいというイメージを持っていた[23]。
- ^ 武満は早坂の葬儀では先頭で棺を担いだ[25]。
- ^ 中央公論社の雑誌『マリ・クレール(日本版)』1987年5月号に掲載された加古隆との対談[26]。
- ^ 東京交響楽団は1956年までに、間宮芳生『ピアノ協奏曲』、柴田南雄『記号説』、鈴木博義『モノクロームとポリクローム』(以上1954年に初演)、早坂文雄『ユーカラ』、間宮芳生『交響曲』(以上1955年に初演)、戸田邦雄『ピアノ協奏曲第2番』(1956年に初演)を委嘱していた[30]。
- ^ 上田は武満と同じく鎌倉に住んでいた[31]。
- ^ 初演では、演奏が始まってすぐにコントラバスの弦が切れて大きな音がするというアクシデントがあった[35]。
- ^ ただし、『2つのレント』を「音楽以前」と切り捨てた評論家山根銀二が東京新聞に載せた批評は比較的好意的で丁寧であった[36]。
- ^ 『ソン・カリグラフィ』は芥川也寸志に献呈された[40]。
- ^ 立花(2016)では「第1位を獲得」となっている[44]。
- ^ ストラヴィンスキーは大阪国際フェスティバル協会の招きにより1959年の4月~5月にかけて来日した[45][46]。詳しくはイーゴリ・ストラヴィンスキー#日本訪問を参照。
- ^ この録音について、『武満徹全集』の編集長であった大原哲夫は、森正が指揮するNHK交響楽団による1958年の録音であろうと推測している[47]。
- ^ このコメントは、ストラヴィンスキーに同行していたドナルド・リチーが執筆した「東京のストラヴィンスキー」(『音楽芸術』1959年7月号に収録)の中で紹介された[48]。
- ^ 「きびしい」は「インテンス( intense )」の訳語である[3]。
- ^ ストラヴィンスキーは来日後、作品を聴くよりも前に武満をランチに招き顔を合わせていた[49]。ただし、このときの会談の内容はおろか、日時もはっきりしていない[50]。
- ^ 『アサヒ・イヴニング・ニューズ』の音楽評論家で打楽器奏者[49]。
- ^ 英文『ヨミウリ』の音楽評論家でチェロ奏者[49]。
- ^ ただし、ストラヴィンスキーのコメントの前年(1958年)には、軽井沢音楽祭で『ソン・カリグラフィ』がコンクール入賞を果たす(先述)とともに[55]、『ソリチュード・ソノール』の作曲によって文化庁の第13回芸術祭個人奨励賞を獲得しており[56]、武満がそれまで全く評価されていなかったわけではい[53]。
- ^ NHKと朝日新聞社共催による現代音楽祭。ストラヴィンスキーのアゴンの日本初演のほか、林光の『水ヲ下サイ』、矢代秋雄の『弦楽四重奏曲』、三善晃の『ピアノソナタ』などが再演された[57]。
- ^ パリ国際音楽週間(SMIP)「現代音楽の日々」でテーマ作曲家の一人として取り上げられた[59]。
- ^ ここに挙げた3人の指揮者はいずれも後に『弦楽のためのレクイエム』の再録音を行っている。
- ^ サラベール社のスコアには出版年が1962年と記載されているが[2]、これはサラベール社が音楽之友社の版をほぼそのまま使用したためである[61]。
- ^ 武満の没後に、外国(武満浅香の記憶ではおそらくカナダ)から武満浅香あてに送られてきたもの[61]。川島(2000)は、楽譜が出版されていない時期に外国で演奏するため、何者かが筆者譜のコピーを取り寄せていたのではないかと推測している[61]。
- ^ いずれも、短2度、減5度(増4度)、完全5度を含んでいる。
- ^ 冒頭部分のテンポは四分音符66 と指定されているが、基本的な単位である二分音符では1分間に33拍となる。
- ^ バートは素材の表記も A1、A2、A3 … のように大文字で表記しているが、構造のA1 etc と見分けるために小文字に改めた。
- ^ 船山隆は、この動機が『ア・ウェイ・ア・ローン』(1981年)の中で引用されていると指摘している[75]。
- ^ リゲティの『ルーマニア協奏曲』、ハイドンの交響曲第7番『昼』、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』
- ^ アラン・ギルバートの母親は日本人である。
- ^ 演奏会パンフレットの曲目が書かれたページには"TAKEMITSU Requiem (Alan Gilbert, conductor) "と書かれたシールが貼られている[76]。
- ^ なお、当日のメッセージと演奏は、Youtubeのニューヨーク・フィルハーモニック公式チャンネルで公開されている[78]。
- ^ これらには、パリの阿部加奈子、サンパウロの宗像直美のように、海外で活動する日本人が演奏に関わっているケースが見られる。
出典
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- 1 弦楽のためのレクイエムとは
- 2 弦楽のためのレクイエムの概要
- 3 初演後の評価
- 4 ストラヴィンスキーのコメント
- 5 出版
- 6 脚注
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