弦楽のためのレクイエムとは? わかりやすく解説

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弦楽のためのレクイエム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 21:11 UTC 版)

弦楽のためのレクイエム』(げんがくのためのレクイエム、英語: Requiem for Stringsフランス語: Requiem pour orchestre à cordes[注 1])は、武満徹1955年から1957年にかけて作曲した弦楽合奏曲であり、武満の初期の代表作とされる[3][注 2]。当時結核を患っていた武満が、親交のあった作曲家早坂文雄の死を悼むとともに自らの死を意識しながら書き進めた作品であり[5][6]、早坂文雄に献呈されている[7]。初演の2年後にストラヴィンスキーがこの作品にコメントしたことは作品の評価のみならず内外における武満の名声を高めることにつながった。


注釈

  1. ^ 小野光子による作品表では武満が生前につけた欧文タイトルとして英語による表記が使われており[1]、サラベール社の出版譜ではフランス語による表記が使われている[2]
  2. ^ 初演時、武満は27歳であった[4]
  3. ^ 武満が早坂と知り合ったのは1948年に遡る[11]。小野(2016)は、早坂との交流を通じて武満が結核に感染したとしている[11]
  4. ^ 新しく開発されたサイアジンという薬とヒドラジッドとを併用する治療法[15]
  5. ^ 当時の劇団四季はジャン・アヌイなどによる演劇の公演を行っており、現在のようなミュージカル作品を取り上げるようになるのは後年のことである[16]
  6. ^ 武満は、サミュエル・バーバーの『弦楽のためのアダージョ』のような作品を書きたいというイメージを持っていた[23]
  7. ^ 武満は早坂の葬儀では先頭で棺を担いだ[25]
  8. ^ 中央公論社の雑誌『マリ・クレール(日本版)』1987年5月号に掲載された加古隆との対談[26]
  9. ^ 東京交響楽団は1956年までに、間宮芳生『ピアノ協奏曲』、柴田南雄『記号説』、鈴木博義『モノクロームとポリクローム』(以上1954年に初演)、早坂文雄『ユーカラ』、間宮芳生『交響曲』(以上1955年に初演)、戸田邦雄『ピアノ協奏曲第2番』(1956年に初演)を委嘱していた[30]
  10. ^ 上田は武満と同じく鎌倉に住んでいた[31]
  11. ^ 初演では、演奏が始まってすぐにコントラバスの弦が切れて大きな音がするというアクシデントがあった[35]
  12. ^ ただし、『2つのレント』を「音楽以前」と切り捨てた評論家山根銀二東京新聞に載せた批評は比較的好意的で丁寧であった[36]
  13. ^ 『ソン・カリグラフィ』は芥川也寸志に献呈された[40]
  14. ^ 立花(2016)では「第1位を獲得」となっている[44]
  15. ^ ストラヴィンスキーは大阪国際フェスティバル協会の招きにより1959年の4月~5月にかけて来日した[45][46]。詳しくはイーゴリ・ストラヴィンスキー#日本訪問を参照。
  16. ^ この録音について、『武満徹全集』の編集長であった大原哲夫は、森正が指揮するNHK交響楽団による1958年の録音であろうと推測している[47]
  17. ^ このコメントは、ストラヴィンスキーに同行していたドナルド・リチーが執筆した「東京のストラヴィンスキー」(『音楽芸術』1959年7月号に収録)の中で紹介された[48]
  18. ^ 「きびしい」は「インテンス( intense )」の訳語である[3]
  19. ^ ストラヴィンスキーは来日後、作品を聴くよりも前に武満をランチに招き顔を合わせていた[49]。ただし、このときの会談の内容はおろか、日時もはっきりしていない[50]
  20. ^ 『アサヒ・イヴニング・ニューズ』の音楽評論家で打楽器奏者[49]
  21. ^ 英文『ヨミウリ』の音楽評論家でチェロ奏者[49]
  22. ^ ただし、ストラヴィンスキーのコメントの前年(1958年)には、軽井沢音楽祭で『ソン・カリグラフィ』がコンクール入賞を果たす(先述)とともに[55]、『ソリチュード・ソノール』の作曲によって文化庁の第13回芸術祭個人奨励賞を獲得しており[56]、武満がそれまで全く評価されていなかったわけではい[53]
  23. ^ NHK朝日新聞社共催による現代音楽祭。ストラヴィンスキーのアゴンの日本初演のほか、林光の『水ヲ下サイ』、矢代秋雄の『弦楽四重奏曲』、三善晃の『ピアノソナタ』などが再演された[57]
  24. ^ パリ国際音楽週間(SMIP)「現代音楽の日々」でテーマ作曲家の一人として取り上げられた[59]
  25. ^ ここに挙げた3人の指揮者はいずれも後に『弦楽のためのレクイエム』の再録音を行っている。
  26. ^ サラベール社のスコアには出版年が1962年と記載されているが[2]、これはサラベール社が音楽之友社の版をほぼそのまま使用したためである[61]
  27. ^ 武満の没後に、外国(武満浅香の記憶ではおそらくカナダ)から武満浅香あてに送られてきたもの[61]。川島(2000)は、楽譜が出版されていない時期に外国で演奏するため、何者かが筆者譜のコピーを取り寄せていたのではないかと推測している[61]
  28. ^ いずれも、短2度減5度(増4度)、完全5度を含んでいる。
  29. ^ 冒頭部分のテンポは四分音符66 と指定されているが、基本的な単位である二分音符では1分間に33拍となる。
  30. ^ バートは素材の表記も A1、A2、A3 … のように大文字で表記しているが、構造のA1 etc と見分けるために小文字に改めた。
  31. ^ 船山隆は、この動機が『ア・ウェイ・ア・ローン』(1981年)の中で引用されていると指摘している[75]
  32. ^ リゲティの『ルーマニア協奏曲』、ハイドン交響曲第7番『昼』バルトークの『管弦楽のための協奏曲
  33. ^ アラン・ギルバートの母親は日本人である。
  34. ^ 演奏会パンフレットの曲目が書かれたページには"TAKEMITSU Requiem (Alan Gilbert, conductor) "と書かれたシールが貼られている[76]
  35. ^ なお、当日のメッセージと演奏は、Youtubeのニューヨーク・フィルハーモニック公式チャンネルで公開されている[78]
  36. ^ これらには、パリの阿部加奈子、サンパウロの宗像直美のように、海外で活動する日本人が演奏に関わっているケースが見られる。

出典

  1. ^ ピーター・バート 小野光子訳『武満徹の音楽』、音楽之友社、2006年2月10日、ISBN 4-276-13274-6、303頁
  2. ^ a b c サラベール社のスコア、1頁
  3. ^ a b 立花隆、14頁
  4. ^ 宇佐美圭司「イシ、石の上」『音楽の手帖 武満徹』、青土社、1981年10月10日、137頁
  5. ^ バート(2006)、69頁
  6. ^ a b c 立花隆『武満徹・音楽創造への旅』、文藝春秋、2016年2月20日、ISBN 978-4-16-390409-2、274頁
  7. ^ a b c d e f g h i 秋山邦晴(項目執筆)『最新名曲解説全集 第7巻-管弦楽曲IV』、音楽之友社、1970年9月1日、ISBN 978-4276010079、459頁
  8. ^ 武満浅香『作曲家・武満徹との日々を語る』、小学館、2006年3月20日、ISBN 4-09-387613-4、22頁
  9. ^ 小野光子『武満徹 - ある作曲家の肖像』、音楽之友社、2016年9月10日、ISBN 978-4-276-22690-6、60頁
  10. ^ a b c d 小野(2016)、63頁
  11. ^ a b c 小野(2016)、32頁
  12. ^ 小野(2016)、86頁
  13. ^ 立花(2016)、175頁
  14. ^ a b 立花(2016)、268頁
  15. ^ a b 立花(2016)、174頁
  16. ^ 劇団四季 会社概要 - 沿革”. 劇団四季. 2020年6月20日閲覧。
  17. ^ a b c 立花(2016)、269頁
  18. ^ 楢崎洋子 『作曲家◎人と作品 - 武満徹』、音楽之友社、2005年9月10日、ISBN 4-276-22194-3、作品表9頁
  19. ^ 楢崎洋子「武満徹の室内オーケストラのための作品」(CD『21世紀へのメッセージ Vol.4 』ライナーノート)、ポリドール、1997年9月26日、POCG-10053
  20. ^ a b c d 立花(2016)、273頁
  21. ^ 小野(2016)、74頁
  22. ^ 立花(2016)、270頁
  23. ^ 立花(2016)、295頁
  24. ^ 小野(2016)、79頁
  25. ^ a b 立花(2016)、80頁
  26. ^ 小野(2016)、398頁
  27. ^ a b c d 小野(2016)、89頁
  28. ^ a b c d e f 秋山(1970)、458頁
  29. ^ 日本戦後音楽史研究会 編著『日本戦後音楽史 上 戦後から前衛の時代へ』、平凡社、2007年2月20日、ISBN 978-4-582-21968-5、235頁
  30. ^ a b 日本戦後音楽史研究会(2007)、236-237頁
  31. ^ a b c d 立花(2016)、275頁
  32. ^ 小野(2016)、397頁
  33. ^ 武満浅香(2006)、44頁
  34. ^ 小野(2016)、87頁
  35. ^ a b 立花(2016)、281頁
  36. ^ a b c 立花(2016)、282頁
  37. ^ 武満浅香(2006)、47頁
  38. ^ a b c 立花(2016)、301頁
  39. ^ 立花(2016)、333頁
  40. ^ 小野(2016)、94頁
  41. ^ 立花(2016)、296頁
  42. ^ 楢崎(2005)、49頁
  43. ^ 日本戦後音楽史研究会(2007)、313頁
  44. ^ 立花(2016)、305頁
  45. ^ 小野(2016)、98頁
  46. ^ a b 日本戦後音楽史研究会(2007)、348頁
  47. ^ 浅香(2006)、48頁、51頁
  48. ^ a b 立花(2016)、711頁
  49. ^ a b c d 小野(2016)、99頁
  50. ^ 小野(2016)、101頁
  51. ^ a b 小野(2016)、100頁
  52. ^ a b 日本戦後音楽史研究会(2007)、349頁
  53. ^ a b c 日本戦後音楽史研究会(2007)、350頁
  54. ^ 立花(2016)、300頁
  55. ^ 立花(2016)、306頁
  56. ^ 文化庁芸術祭賞受賞一覧 - 昭和31年度(第11回)~昭和40年度(第20回)”. 文化庁. 2020年6月20日閲覧。
  57. ^ 日本戦後音楽史研究会(2007)、410-410頁
  58. ^ 楢崎(2005)、9頁
  59. ^ 小野(2016)、433頁
  60. ^ a b 立花(2016)、710頁
  61. ^ a b c d 川島素晴「《弦楽のためのレクイエム》サラベール版を検証する」『季刊エクスムジカ第2号』、ミュージックスケイプ、2000年8月31日、19頁
  62. ^ 小野(2016)、85-86頁
  63. ^ 川島(2000)、21-22頁
  64. ^ 川島(2000)、22-28頁
  65. ^ パネルディスカッション4「武満徹と日本の作曲」”. 日本音楽学会第57回全国大会. 2020年6月20日閲覧。
  66. ^ a b c 斎藤弘美 曲目解説(CD「武満徹 ヴィジョンズ、ノヴェンバーステッップス他」ライナーノート)、日本コロムビア、1992年1月、COCO-9441、8頁
  67. ^ a b c 秋山(1970)、460頁
  68. ^ 佐野光司「日本語で語る音楽への軌跡 - 日本の作曲界における武満徹」、『武満徹 - 音の河のゆくえ』、24頁
  69. ^ a b 小野(2016)、88頁
  70. ^ a b c バート(2006)、70頁
  71. ^ a b バート(2006)、75頁
  72. ^ バート(2006)、76頁
  73. ^ a b バート(2006)、75頁により作成。
  74. ^ バート(2006)、74頁
  75. ^ 船山隆『武満徹・響きの海へ』、音楽之友社、1998年3月10日、ISBN 4-276-13276-2、16頁
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  78. ^ Performance of Takemitsu's Requiem, March 17, 2011”. New York Philharmonic. 2020年6月21日閲覧。
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