工業都市の図書館へ(1951-1973)
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「四日市市立図書館」の記事における「工業都市の図書館へ(1951-1973)」の解説
1951年(昭和26年)7月7日、市立図書館、学校・公民館・民間企業・組合の設置する図書室を会員として「四日市図書館研究会」が発足した。こうした組織が結成されたのは三重県では初めての出来事であった。同年、平田紡績社長の宗村佐信による100万円の寄付のうち75万円を用いて本館への来館が不便な四日市市北部の住民のために、四日市市立富洲原小学校の隣に富洲原分館を建設、12月8日に開館した。宗村の寄付の残りは1959年(昭和34年)の図書館創立50周年を記念して設置された、「商工資料室」の建設資金に充てられた。商工資料室は同年7月、本館東側に設置され、官報、特許や実用新案、意匠、商標に関する資料、日本工業規格、洋書を含む商工資料が収集されている。同時に図書館の歴史を綴った『四日市市立図書館50年の歩み』も刊行された。1964年(昭和39年)10月には自動車文庫を開始した。 商工資料室の利用状況は当初芳しくなかったため、図書館では1961年(昭和36年)から商工資料室月報『産業技術情報よっかいち』を発行し、中小企業に無料配布した。創刊号は155部であったが徐々に発行部数を伸ばし、隣接する桑名市や鈴鹿市にも配布地域を拡大、1965年(昭和40年)6月からは月3回発行の速報版も発刊するに至った。日本国内外の工業に関する最新技術や特許の紹介と工業関連の新着図書・雑誌の紹介を行い、日本全国の工業都市にある図書館から注目された。更に1966年(昭和41年)7月には「公害コーナー」を設置し、公害関係の図書や報告書の収集を開始した。
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