岐阜県への進出
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/15 16:45 UTC 版)
1928年(昭和3年)7月1日、三重合同電気は濃飛電気株式会社を合併し、岐阜県へと進出した。合併による資本金の増加は600万円である。三重合同電気は従来、水力発電の規模が小さく割高な火力発電主体の発電体制を採っていたが、濃飛電気を合併することで水力発電の強化を狙った。 濃飛電気は福澤桃介系の会社で、1921年(大正10年)設立。岐阜県本巣郡根尾村(現・本巣市)にて根尾川を開発し、長島発電所(出力4,050kW)を建設、地元への供給分を除いて東邦電力に発生電力を供給していた。また庄川水系大白川の開発を担当した傍系会社大白川電力を合併し、平瀬発電所(出力11,000kW)も運転していた。資本金600万円、本社愛知県名古屋市、社長兼松煕で、供給区域は岐阜県本巣郡・揖斐郡・山県郡・稲葉郡・大野郡の計26村。1927年度の供給実績は電灯供給20,767灯、電力供給122.9kWであった。合併直後の1928年8月、兼松煕が三重合同電気副社長に就任している。 この濃飛電気と三重合同電気は、1927年(昭和2年)5月、共同で発電会社濃勢電力株式会社を設立していた。資本金は500万円で、濃飛電気から根尾川における水利権を譲り受けてこれを順次開発し、発生電力を両社などへ供給する計画の下、第一期工事として金原発電所(出力4,400kW)を建設した。金原発電所は1929年(昭和4年)6月に送電線とともに完成し、その発生電力は津方面への送電に充てられた。濃飛電気が三重合同電気に吸収された後、1930年(昭和5年)5月1日付で濃勢電力の事業も同社に298万9885円にて買収されている。
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