国内最大手に
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/14 10:16 UTC 版)
1965年、ミザールはH-100型100㎜反射赤道儀を発売した。結果的に、この望遠鏡の登場が「ミザール」を国内最大の天体望遠鏡ブランドに押し上げることとなる。当時未開拓状態だった100㎜クラス反射望遠鏡を32000円(1965年当時)という「画期的な」価格で切り拓いたH-100型は、市場ニーズとの合致や、天文誌における性能テストでの好成績などを背景として爆発的に販売を拡大し、1965年の発売から1979年の実質的な生産終了までの累計販売台数は5万台を突破した。これを受け、拡大を続ける天体望遠鏡市場において日野金属はシェアを飛躍的に上昇させ、1969年時点での国内市場占有率は55%を記録。需要の実に約半分を賄うトップメーカーに躍り出た。同時に行われた理科教育振興協会によるアンケート調査「あなたはどのメーカーの望遠鏡が良いと思いますか」においても、最多の31%が「ミザール望遠鏡」と回答しており、その高い人気がうかがえる。 1973年には、他社製品も含めた小型赤道儀を汎用的に自動追尾化できるM.M.D(ミザール・モーター・ドライブ)改良型を発売(実用新案47-9436)。それまで手動での追尾が常識だった移動可能小型赤道儀の恒星時追尾自動化を実現し、アマチュア天文家の移動観測に革命をもたらした。この製品は、日本初の交直流兼用赤道儀駆動装置でもある。 1975年には、完全民生用の量産中小型天体望遠鏡としては日本で初めてカタディオプトリク光学系を採用したCX-150型を発売。当時としては画期的なコンピューターを用いた光学設計が施され、「月刊天文ガイド」や「天体望遠鏡のすべて」などにおける高評価、東京都の輸出推奨品への指定などを背景に国内外で販売を伸ばした。
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