各グループの所属人数の変遷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 03:59 UTC 版)
「民進党の派閥」の記事における「各グループの所属人数の変遷」の解説
前述のように、民主党・民進党のグループは自民党の派閥に比べ緩やかな組織であるため、報道機関は人数に曖昧さを持たせて表現することが多い。以下では各グループの所属人数の変遷を記載する。 2009年民主党代表選挙の時期 2009年5月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、朝日新聞が、「小沢氏の支持グループが約50人、鳩山氏の支持グループが約30人、前原氏の支持グループが約20人、野田氏の支持グループが約20人、菅氏の支持グループが約20人、旧民社党が約25人、旧社会党が約20人」と報じている。また、時事通信が、「鳩山氏系が約30人、小沢氏系が約50人、羽田氏系が約15人、旧社会党系が約20人、旧民社党系が約20人、前原氏、野田氏それぞれを支援するグループが計約45人、菅氏のグループが約30人」と報じている。 2009年の第45回衆議院議員総選挙の直後 2009年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙を経て、党所属議員が大幅に増加した。総選挙直後の各グループの所属人数は、朝日新聞によると、概数で小沢グループが150人、鳩山グループが45人、野田グループが35人、菅グループが30人、前原グループが30人、旧民社党グループが30人、旧社会党グループが30人、羽田グループが20人となっている。また、産経新聞によると、小沢グループが約120人、鳩山グループが約45人、菅グループが約40人、前原グループが約30人、野田グループが約30人、旧社会党系が約25人、旧民社党系が約20人となっている。 2010年6月民主党代表選挙の時期 2010年6月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、日本経済新聞が、小沢グループが120人、鳩山グループが50人、野田グループが30人、菅グループが60人、前原グループが30人、旧民社党グループが40人、旧社会党グループが30人と報じている。 2010年9月民主党代表選挙の時期 2010年9月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、日本経済新聞が、複数のグループに所属している議員もいるとの但し書きをつけた上で、小沢グループが130人、鳩山グループが50人、旧社会党グループが30人、菅グループが50人、前原グループが30人、野田グループが30人、旧民社党グループが40人と報じている。 2011年民主党代表選挙の時期 2011年8月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、日本経済新聞が、複数のグループに所属する議員もいるとの但し書きをつけた上で、小沢グループが約130人、菅グループが約50人、前原グループが約50人、旧民社党グループが約40人、鳩山グループが約40人、野田グループが約30人、旧社会党グループが約30人と報じている。 2012年9月民主党代表選挙の時期 2012年9月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、毎日新聞が、前原グループが約40人、菅グループが約30人、鹿野グループが約30人、旧民社グループが約30人、旧社会グループが約30人、野田グループが約20人、鳩山グループが約10人、旧小沢系が約30人と報じている。 2012年の第46回衆議院議員総選挙の直後、2012年12月民主党代表選挙の時期 2012年12月に行われた第46回衆議院議員総選挙を経て、党所属議員が大幅に減少した。総選挙の前後での比較は、毎日新聞によると、前原グループが約40人から約20人、野田グループが約20人から約10人、菅グループが約30人から約15人、旧民社グループが約30人から約15人、鹿野グループが約30人から約10人、旧社会グループが約30人から約15人、赤松グループが約30人から約20人、鳩山グループが約10人から数人へとそれぞれ人数を減らした。また、産経新聞によると、細野グループは15人中10人が残った。 2015年1月民主党代表選挙の時期 2015年1月に行われた民主党代表選挙の際の報道では、読売新聞が、細野グループが14人、長島グループが7人、前原グループが約20人、野田グループが約10人、玄葉グループが約10人、旧民社党系グループが約15人、旧社会党系グループ(赤松グループ)が約15人、大畠グループが約15人と報じている。 2016年民進党代表選挙の時期 2016年9月に行われた民進党代表選挙の際の報道では、時事通信が、野田グループが約10人、旧民社党系グループが10人強、赤松グループが約20人、旧維新の党グループが23人、大畠グループが20人弱、前原グループが約20人、長島グループが約5人、細野派が10人強、馬淵グループが約5人と報じている。また、代表選直後では、産経新聞が、野田グループが約10人、岡田グループが約5人、細野派が約15人、旧民社党系グループが約15人、旧維新の党グループ主流派が約5人、前原グループが約20人、大畠グループが約15人、旧維新の党グループ非主流派が約15人、長島グループが約5人、赤松グループが約20人と報じている。 2017年9月民進党代表選挙の時期 2017年9月に行われた民進党代表選挙の際の報道では、産経新聞が、旧細野グループが約15人、菅グループが約5人、前原グループが約20人、大畠グループが約15人、旧社会党系グループ(赤松グループ)が約20人、江田グループが約10人と報じている。また、読売新聞が、1人で複数グループに所属する議員もいるとの但し書きをつけた上で、松野グループが約15人、大畠グループが約15人、前原グループが約25人、旧民社党系グループ(高木グループ)が約10人、旧細野グループが約15人、赤松グループが約20人、野田グループが約10人、江田グループが約20人と報じている。また、時事通信が、複数グループ所属のケースありとの但し書きをつけた上で、前原グループが約20人、大畠グループが約15人、旧細野グループが約15人、松野グループが約15人、旧民社党系グループが約10人、長島グループが約5人、旧社会党系グループが約20人、野田グループが約10人と報じている。 2017年の第48回衆議院議員総選挙の直後 2017年10月に行われた第48回衆議院議員総選挙を経て、民進党所属議員は立憲民主党、希望の党、党籍を保持する民進党系無所属などに分裂した。読売新聞によると、ほとんどのグループは活動を継続しており、総選挙直後の各グループの所属人数は、野田グループが立憲民主党・希望の党・民進党所属の約15人、前原グループが希望の党所属の約10人、赤松グループが立憲民主党・民進党所属の約30人、旧細野グループが希望の党所属の5人となっている。 2018年8月時点 2018年5月に希望の党と民進党が合流し、国民民主党が結成された。同年8月の読売新聞の報道では、赤松グループと菅グループが立憲民主党を中心に約30人、野田グループが立憲・国民両党と無所属に分かれて約15人、前原グループが国民民主党や無所属など約10人と報じられた。また、産経新聞は旧細野グループに残留した議員は国民民主党の4名と報じた。 2020年新党代表・党名選挙の時期 2020年9月に立憲民主党と国民民主党の一部が合流し、新・立憲民主党が結成された。この時点での合流新党の党内グループは旧立憲民主党系の赤松グループが35名、菅グループが27名の他、岡田克也による無所属議員系グループ(無所属フォーラム)が12名、旧国民民主党から合流した小沢らのグループが10数名(この他に旧立憲にも小沢に近い議員が所属している)、旧立憲、旧国民、無所属に三分されていた野田グループは衆院の8名が新立憲に参加したと報じられた。また、合流新党結成前の9月2日には直諫の会の13名と自誓会(旧細野グループ→階グループ)の7名が代表選に向けた会合を行ったことが報じられている。前原は合流新党に参加せず、合流不参加者による新・国民民主党の結成に加わったが、旧国民の前原グループは7名全員が新立憲に参加した。 2021年の第49回衆議院議員総選挙の直後、2021年立憲民主党代表選挙の時期 読売新聞は立憲民主党内の主なグループとして、代表が赤松から近藤昭一に変更となったサンクチュアリには枝野も加わり26人、菅グループが16人、泉健太が新たに立ち上げた新政権研究会が約20人、小沢グループが約10人、岡田らの小勝会が約10人、直諫の会が11人と報じた。 朝日新聞はサンクチュアリが26人、新政権研究会が20人台半ば、菅グループが16人、直諫の会が11人、小沢グループが10人、花斉会が10人、自誓会が6人、小勝会が10から15人と報じたうえで、超党派のグループとして凌雲会が10人[要出典]、一丸の会が元職含めて40人程度いると報じた。 北海道新聞はサンクチュアリが27人、新政権研究会が21人、国のかたち研究会が17人、直諫の会が11人、小勝会が10人、小沢グループが9人、花斉会が9人、自誓会が6人であると報じている。
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