北米航路商船として建造とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 北米航路商船として建造の意味・解説 

北米航路商船として建造

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/06 09:40 UTC 版)

和浦丸」の記事における「北米航路商船として建造」の解説

本船は、三菱商事船舶部(後の三菱汽船)が保有する最大の船として、1938年昭和13年12月10日三菱重工業長崎造船所竣工した同じく三菱商事船主とする「昭浦丸」が姉妹船であるほか、東洋汽船および系列東洋海運発注した「宇洋丸」級6隻とも準同型である。同時期に三菱重工業長崎造船所建造された「高栄丸」等を含む木材運搬貨物船12隻を姉妹船数え見方もあり、その中で最終船に該当する北アメリカ大陸産の木材輸入主用途とする大型貨物船として設計されている。1930年代日本建造されていた畿内丸型貨物船はじめとする生糸運搬ニューヨーク航路貨物船通称ニューヨークライナー)に比べると、同じディーゼルエンジン搭載載貨重量トン数1万トン貨物船でも、機関出力速力若干低く抑えた経済性重視設計である。船体船首楼・船央楼・船有する三島型で、6個所船倉口のうち3・4番倉口は船央甲板上にある荷役設備として4基のデリックポストを持ち、うち1・4番ポスト単脚型、船央甲板上の2・3ポストは門型になっている甲板上に木材積み上げた状態でもデリック自由に使えるよう1・4番ポストデリックウインチが高い台上設置されており、この点は軍隊輸送船として徴用時に甲板上へ上陸用舟艇搭載する場合にも有利であった他社所属準同型船との相違点として、乗員居住区船首楼ではなく船央内に置かれており、居住性優れていた。 竣工した和浦丸」は、姉妹船「昭浦丸」とともにニューヨーク航路など外国航路就航した。約2年半を外国航路過ごしたが、日米関係悪化により1941年昭和16年6月ニューヨークから日本への航海行ったのを最後に撤退となったその後樺太産の石炭輸送のため内地樺太間を1往復している。

※この「北米航路商船として建造」の解説は、「和浦丸」の解説の一部です。
「北米航路商船として建造」を含む「和浦丸」の記事については、「和浦丸」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「北米航路商船として建造」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「北米航路商船として建造」の関連用語

1
8% |||||

北米航路商船として建造のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



北米航路商船として建造のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの和浦丸 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS