加賀友禅
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加賀友禅 |
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かがゆうぜん |
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染色品 |
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着物地、帯、小物 |
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加賀友禅の始まりは、加賀独特の染め技法である「梅染(うめぞめ)」まで遡ります。「梅染」は15世紀の中頃には、すでに存在していたことが文献に記されています。梅染のほか「兼房染(けんぼうぞめ)」、「色絵紋」等の染色技法が古くから加賀に伝えられており、これらを総称して「お国染」といいました。この加賀お国染の技法を基礎に、江戸時代中期に、宮崎友禅斉が絵画調の模様染めを指導したところから、加賀友禅が確立されました。宮崎友禅斉は京都で友禅染を始めた人物で、金沢で晩年を過ごし、友禅の指導を行ったと言われています。 |
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石川県 |
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昭和50年5月10日 |
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加賀友禅の特徴は、落ち着きのある写実的な草花模様を中心とした絵画調の柄です。加賀百万石と言われた豊かな前田家の文化的な趣味を強く反映して、渋さの中にも武家風の気品を漂わせています。 |
加賀友禅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/27 13:55 UTC 版)
加賀友禅(かが ゆうぜん)は、日本の着物における染色技法である友禅の1つ。また、単に「友禅染(ゆうぜんぞめ)」とも呼ばれる。

概要・歴史
その名の通り、加賀国(現・石川県南部)の経済産業大臣指定伝統的工芸品で、現在も金沢市を中心に制作・販売されている。
源流は、室町時代に加賀国で行われていた無地の梅染めにある[1][2]。
江戸時代中期に加賀藩にて栄えた加賀御国染を基に、京友禅の創始者といわれる絵師の宮崎友禅斎が晩年、金沢の加賀藩御用紺屋棟取であった太郎田屋に身を寄せ、加賀御国染に大胆な意匠を持ち込んで確立した染色技法と、その作品が現在まで続く「加賀友禅」である 。加賀五彩(藍、臙脂、草、黄土、古代紫)と呼ばれる艶麗な色彩で知られ、特に紅、紫、緑系統の色を多用する。
柄は、図案調の京友禅に対して草、花、鳥等の絵画調の物が多く、自然描写を重んじる中から「虫喰い」等独自の装飾が生まれた。「ぼかし」も京友禅以上に多用される傾向にある。金沢市内を流れる浅野川では、工程の最後の方に、余分な糊や染料を洗い流す友禅流しが見られることがある[3]。
加賀友禅会館(加賀友禅ミュージアムそめりあ)
加賀友禅は金沢の観光資源にもなっており、作品の見学や購入、絵付け体験、試着などができる施設がある。

代表的な加賀友禅会館は、加賀友禅を体験してもらうために設置された。北緯36度33分49.8秒 東経136度39分51.7秒
加賀友禅の展示や友禅小物の販売、着用体験などを行っている。着用体験では、着物姿で兼六園や東茶屋街を散策可能である[4]。
このほか、「加賀友禅工房 長町友禅館」など、見学などを受け入れている染元の施設や工房もある。
関連項目
- ミス加賀友禅
- 花嫁のれん - 北陸地方の結婚に関する風習、またそれに使われる加賀友禅仕立てののれん。
- 花衣夢衣 - 主人公・沢木真帆が、加賀友禅作家である。
- 加賀ロリ - 加賀友禅とロリータ・ファッションのコラボレーション。石川テレビ放送や加賀縫刺縫協同組合などが推進している。
- 牧村三枝子 - 1989年11月、加賀友禅をテーマにしたシングル「友禅流し」を発売。翌1990年にロングヒット曲となった。
- 石川県の伝統工芸
- 石川県の伝統工芸品の一覧
脚注
- ^ 山本晃「梅染 再び咲いた紅色◇明治期に途絶えた古代の技 試行錯誤繰り返し復活◇」 『日本経済新聞』朝刊2018年1月29日(文化面)2018年5月20日閲覧。
- ^ 加賀友禅・歴史と特徴(2018年5月20日閲覧)。
- ^ 金沢百万石まつりの一環として、浅野川で「加賀友禅灯籠流し」が行われる。流すのは染物でなく、灯籠である。
- ^ “加賀友禅着用体験”. 加賀染振興協会. 2017年8月26日閲覧。
外部リンク
- 加賀友禅 - 石川新情報書府
- 加賀友禅 KAGA-YUZEN - 加賀友禅
- 加賀ロリプロジェクト
加賀友禅と同じ種類の言葉
- 加賀友禅のページへのリンク