初演及びその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/20 06:13 UTC 版)
「ハムレット (オペラ)」の記事における「初演及びその後」の解説
1868年5月9日のオペラ座での初演は大成功だった。常套的なスタイルだったにもかかわらず、作曲が優れ、同時代の人から「アレヴィ以後の最も重要なオペラと見なされていた。ハムレットは『ミニョン』に続く、トマの最大の成功作で、初演後の5年以内にライプチッヒ ブダペスト、ブリュッセル、プラハ、ニューヨーク、サンクトペテルブルク、ベルリン、ウィーンで上演された。英国初演は、 1869年 6月19日にロンドンのコヴェント・ガーデンロイヤル・オペラ・ハウスにてアルディーティの指揮、クリスティーナ・ニルソン(オフェリ)、シニコ、カルシ、スタンリー、パガジョーロらの配役で行われた。オフェリの役は初演時にはクリスティーナ・ニルソン(Christina Nilsson)が演じたが、その後もネリー・メルバ、アデリーナ・パッティ、マリア・バリエントス(Maria Barrientos)、そして狂乱の場を断固たる調子で堂々と歌い上げたマリア・カラスに至る偉大な歌手たちによって演じられてきた。ハムレットの役は声に輝きのある偉大な歌手を必要とするが、初演を行ったジャン=バティスト・フォル、その後のヴィクトル・モレル(Victor Maurel)、モーリス・ルノー(Maurice Renaud)、アルチュール・アンドレーズ、ティッタ・ルッフォたちは、特にそうした資質を備えていた。アメリカ初演は1872年 3月22日にニューヨーク・アカデミー・オブ・ミュージックにてクリスティーナ・ニルソン、カリー、ブリニョーリ、バル、ジェームズ、コレッティらの出演で行われた。なお、英国初演に際しては、《ハムレットが死ぬ》結末の版が差し替え用として特別に準備され、これが使用された。日本初演は1948年に演奏会形式ながら藤原歌劇団によって大隈講堂にて実現し、1989年には松尾葉子が指揮を務め、モーツァルト劇場によって東京グローブ座 にて舞台初演がおこなわれた。1980年代からは本作への興味が回復し再び各地の歌劇場が取り上げるようになっており、近年歌劇場のレパートリーから外れるようになってしまった『ミニョン』に代わってトマの代表作としてしばしば取り上げられている。現在では、オリジナルのエンディングのほうが多く取り上げられているが、イェーテボリ歌劇場のケースのように同一のシリーズ中でも日替わりでエンディングを入れ替えるような対応をする上演形態も見られた。
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