初期の路線図
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/23 18:43 UTC 版)
「ロンドン地下鉄路線図」の記事における「初期の路線図」の解説
現在は単一の組織によって管理されているロンドン地下鉄の路線ネットワークは、19世紀から20世紀初頭にかけて路線を建設した独立の地下鉄会社の集合体として始まった。それらの会社はそれぞれ独自の路線図を発行していたが、共同でそれらを統合した地図を作ることはなかった。初期の路線図は、地理的な標準地図に基づいた、地理的特徴および主要道路の上に路線の方向と駅の位置を示しただけのものであった。 最初の統合された路線図は、1908年、4つの地下鉄会社の合併会社として誕生したロンドン地下電気鉄道(英語:Underground Electric Railways Company of London Limited、略称:UERL)によって「アンダーグラウンド」 (Underground) ブランドの下で発行された。統合路線図には8路線が描かれており、4路線はロンドン地下電気鉄道の運営、残り4路線は各地下鉄会社が運営していた: UERLの路線ベーカーストリート・アンド・ウォータールー鉄道 (英語:Baker Street and Waterloo Railway) - 茶色 チャリングクロス・ユーストン・アンド・ハムステッド鉄道 (英語:Charing Cross, Euston and Hampstead Railway) - 灰色 グレート・ノーザン・ピカデリー・アンド・ブロンプトン鉄道 (英語:Great Northern, Piccadilly and Brompton Railway) - 黄色 ディストリクト鉄道 (英語:District Railway) - 緑 その他の路線セントラル・ロンドン鉄道 (英語:Central London Railway) - 青 シティ・アンド・サウス・ロンドン鉄道 (英語:City & South London Railway) - 黒 グレート・ノーザン・アンド・シティ鉄道 (英語:Great Northern & City Railway) - 橙色 メトロポリタン鉄道 (英語:Metropolitan Railway) - 赤 この初期の路線図では地理的な地図を利用したため、いくつかの制限を余儀なくされた。例えば路線図中央部の込み入った部分を詳細に描くためにディストリクト線とメトロポリタン線の末端路線は省略され、このため完全なネットワーク図とはならなかった。 その後路線図は様々なフォーマットとスタイルで作成され続け、1920年、マクドナルド・ギル(英語版)の作成した始めて地理的背景が省略された路線図が発行された。ギルの路線図は、デザイン時の路線と駅の配置の自由度を大幅に向上した。路線はより図式的になったが、依然として地理的な配置は残っていた。1932年に発行された版は、ダイアグラムによる路線図が導入される前の最後の地理ベースの路線図だった。
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