全盛期/1975-1977年
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「フリートウッド・マック」の記事における「全盛期/1975-1977年」の解説
ウェルチに代わるフロントマンを探していたミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーは、バンドの新作のレコーディング・エンジニアのオーディションを通じて「バッキンガム・ニックス(英語: Buckingham Nicks)」というアメリカ人の男女デュオの作品を耳にした。リンジー・バッキンガムのギターとヴォーカルに強い関心を持ったミックは、1974年12月、リンジーと電話で連絡を取りバンドに誘った。リンジーは、バンドに合流するにあたり、ガール・フレンドでありデュオのパートナーでもあるスティーヴィー・ニックスを同行することを提案し、結局グループは、この二人をセットで新メンバーとして迎え入れることになった。 男女のポップ・ロック・グループとなったマックは、1975年に10thアルバム『ファンタスティック・マック』を発表、「セイ・ユー・ラヴ・ミー」、「リアノン」といったヒット曲が生まれ、アルバムは全米1位を獲得、それまでにない成功を収める。安定したピアノ演奏と、ブルースロックにルーツを持つクリスティン、ポップ・センスのある曲を書くギタリスト・リンジー、可憐で小悪魔的な容姿の歌手スティーヴィーという三者による楽曲は、バンドの大きな魅力となった。 1977年には、最大のヒット作となる11thアルバム『噂』を発表。シングルカットされた「オウン・ウェイ(英語版)」「ドリームス」(グループにとって唯一の全米1位シングル・Billboard Hot 100)「ユー・メイク・ラヴィン・ファン(英語版)」、「ドント・ストップ」などの大ヒットとともに、アルバムは31週間に渡って全米1位(ビルボード)(1977年・年間チャート1位・Billboard Top 200)に輝き、1,700万枚といわれる史上空前のセールスを記録する。マックは一躍スーパースターの座に上り詰めた。翌年には同アルバムでグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞。
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