先コロンブス説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/14 06:24 UTC 版)
この説では、梅毒はヨーロッパ人がアメリカ大陸に到着するより前から、ヨーロッパに存在していたとされる。18世紀から19世紀にかけて、いくつかの学者たちは、古代ギリシアのヒポクラテスによって第3期梅毒の症状が記述されていたと考えていた。また、コロンブス以前の、イタリアのポンペイやメタポントゥム(英語版)で、先天性梅毒によるものと類似した損傷を持つ人骨が発見されている。スミソニアン博物館の自然人類学者 Douglas W. Owsley や他の支持者たちは、中世ヨーロッパでハンセン病(口語では lepra)とされていた症例の多くが、実際には梅毒であったと主張している。しかしながら、こうした主張は査読にかけられておらず、他の科学者たちに検証可能なエビデンスは弱い。民間伝承ではコロンブスの航海で病気にかかった船乗りたちが戻ってくるまでヨーロッパでは梅毒は知られていなかったとされているが、Owsley は「梅毒は、どこかの地理的領域や特定の人種のせいにしてしまうことはおそらくできない。エビデンスはこの病気が先史時代から両半球に存在していたことを示唆している。'Lepra' と考えられていた梅毒が15世紀の末に猛威を振るうようになったことと、コロンブスの探検とは時期の偶然の一致である」と言う。Lobdell と Owsley は、1303年の 'lepra' のアウトブレイクを記録したヨーロッパの著述家は「明らかに梅毒を記述していた」としている。2015年に研究者たちは、オーストリアの14世紀の人骨に母子感染した先天性梅毒と思われる特徴を発見した。この発見はコロンブス説への反論となる可能性があり、論争はさらに複雑なものとなっている。
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