作品成立・発想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 04:11 UTC 版)
『箱男』は『燃えつきた地図』の次に書かれた長編であるが、安部公房は『燃えつきた地図』発表直後、次回作の構想を、「逃げ出してしまった者の世界、失踪者の世界、ここに住んでいるという場所をもたなくなった者の世界を描こうとしています」と語り、それから約5年半の間、あさってには終わる感じで時が経ち、書き直すたびに振り出しに戻っては手間がかかり、原稿用紙300枚の完成作に対して、書きつぶした量は3千枚を越えたという。「箱男」の発想のきっかけとしては、浮浪者の取り締まり現場に立ち会った際、上半身にダンボール箱をかぶった浮浪者と直に遭遇してショックを受け、小説のイマジネーションが膨らんだと語っている。 作中に登場する「贋医者」の発想については、戦争中の医者不足の時代に医者の心得や技術をかなり持っていた「衛生兵」がいたことに触れ、自分のように医学部を卒業している者より、そういった経験を積んだ贋医者の方が実質的技量が上だったとし、現在では国家登録か否かで本物か贋物かを判断し、一般的には「贋医者」をこの世の悪かのように決めつけられるが、本物の医師の間でも大変な技術差があり、素人と変わらないいい加減な医師も多く、そういう免状だけの医師の方が危険で怖いと医学界の内部事情を語りつつ、ある意味で一切のものが登録されていないダンボールをかぶった「乞食」である「箱男」と「贋物の〈箱男〉」の関係について、「とにかく本物と贋物ということが、実際の内容であるよりも登録で決まる。そういうことから、全然登録を拒否した時点で、何でもないということは乞食になるわけです。これが乞食でない限りは全部贋物になる。その贋物がいっぱい登場してくる、贋物と箱男の関係で、とにかくイマジネーションとしては膨らんでいったわけです」と説明している。 なお、自殺したがっているアル中の浮浪者を仲間の浮浪者が同情し首吊りを手伝ったという新聞記事からも発想を受けて、それを書いた独立した章もあったが、最終稿からはずしたという。安部のノートには、「自殺者が発見されたとき、その仲間は近くの石に腰をおろして泣いていた。警官の尋問に対して、男はただ〈待っていた〉とだけ答えた。〈何を待っていたのか〉と訊かれても、それには答えることが出来なかった」と記されている。
※この「作品成立・発想」の解説は、「箱男」の解説の一部です。
「作品成立・発想」を含む「箱男」の記事については、「箱男」の概要を参照ください。
- 作品成立・発想のページへのリンク