人骨の返還問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/29 20:39 UTC 版)
清野が主に大日本帝国の植民地(外地)であった地域からコレクションした人骨は、約1500体にのぼる。アイヌ民族の子供の遺骨を無断で墓から掘り出しているなど、倫理的な問題が指摘されており、清野に祖先の人骨をコレクションされた沖縄やアイヌの人らが、京大に返還を求めている。 他人の古文書を勝手にコレクションするだけでなく、墓を荒らして遺骨も勝手にコレクションするような清野が、当時の高名な学者でありえた背景として、清野は「外地」の人間と「内地」の日本人が同一の祖先であるという「日本原人」説を唱えており、これが大日本帝国が「外地」にまで領土を拡張する理由付けに都合が良かったと考えられている。 同じくアイヌ民族の人骨をコレクションしていた北海道大は、2012年以降に遺骨を返還する動きを見せるなど和解の方向に進んでいるのに対し、京大の清野コレクションの遺骨に関しては2018年現在も返還されておらず、むしろ京大側が証拠隠滅に動くなどの動きがあり、琉球新報などの沖縄のメディアや地元の京都新聞などからも批判されている。 遺骨は少なくとも2004年まで京都大学に保管されていたことが判明している。2018年3月、奄美地方の研究者らが京大に遺骨返還を求める要望書を送ったが、回答は得られなかった。その後、2018年11月に「清野蒐集」と書かれた遺骨保管箱の蓋とみられるものが京大ごみ集積所に捨てられているのを京都大学の学生が発見したが、遺骨のありかは不明となっている。
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