清野コレクション
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/29 20:39 UTC 版)
彼の収集した資料は「清野謙次コレクション」として今なお展覧会が開かれる。京大在職中は、田中関田町の自邸の洋館に鉄筋コンクリート造り2階建ての書庫を付設し、1階に和書、2階に洋書を所蔵し、京大敷地内にも自費で病理学教室の別棟を建てて大学に寄贈し、蔵書などを所蔵した。上京後に日本の考古学・人類学に関する古書収集を精力的に始め、目黒の自邸に防災用地下室を設けて所蔵、戦災で自邸が全焼した際も資料の焼失を免れた。それらをもとにまとめた『日本考古学・人類学史』などを戦後上梓し、収集した考古学・人類学関係の資料の整理を始め、洋書は東大、南山大学へ譲渡し、物品資料は天理教管長の中山正善へ引き渡し、写本・版本類は天理図書館へ売却した。 日本各地の遺蹟から出土した人骨は京都大學自然人類学研究室に、考古・民俗資料は生前に天理大学附属天理考古館に納められ、没後に大阪府立近つ飛鳥博物館や埼玉県立博物館に分散収蔵された。蔵書は東京大学や天理大学などに納められている。
※この「清野コレクション」の解説は、「清野謙次」の解説の一部です。
「清野コレクション」を含む「清野謙次」の記事については、「清野謙次」の概要を参照ください。
- 清野コレクションのページへのリンク