レイプ・シーンへの反響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/18 00:38 UTC 版)
「水源 (小説)」の記事における「レイプ・シーンへの反響」の解説
本作品で最も議論の的になってきたのは、ロークによるドミニクのレイプ・シーンである。フェミニストの批評家達は、女性を男性に従属させるランド作品の反フェミニズム的視座を象徴するシーンとして、このシーンを批難してきた。スーザン・ブラウンミラーは、1975年の著書『レイプ・踏みにじられた意思』(Against Our Will)で、女性を「自分よりも優れた男性への屈服」を望む存在として描くランドの「レイプ思想」を批難した。ブラウンミラーはランドを「自分自身の性に対する裏切り者」と呼んだ。 スーザン・ラブ・ブラウン(Susan Love Brown)は、このシーンは、ランドがセックスを「サドマゾヒズムの行為、女性が従属し受動的になる行為」と見なしていることの現れであると述べた。バーバラ・グリズウティ・ハリソン(Barbara Grizzuti Harrison)は、このような「マゾヒズム的ファンタジー」を楽しむ女性は「損傷」しており自己評価が低いと示唆した。ランド研究者のミミ・リーセル・グラッドスタイン (Mimi Reisel Gladstein) は、ランドの作品のヒロインたちに賞賛すべき要素を見出しつつも、「レイプの本質に対する意識が向上した」読者はランドの「ロマンチックに描写されたレイプ」を承認しないだろうと述べた。 ランドは、このシーンで行われたのは「明白に誘いを掛けられた上でのレイプ」であるとし、実際にはレイプではないと述べた。その理由としてランドは、ドミニクがロークを呼んで修理させるため寝室の大理石板に傷を付けた後の会話などから、ドミニクがこの行為を欲し「ほぼ誘った」のは明らかであると説明した。ランドは、本当のレイプならそれは忌むべき犯罪であると述べた。この小説を擁護する論者は、この解釈に同意してきた。アンドリュー・バーンスタイン(Andrew Bernstein)は、このシーンに特化して論じたエッセイで、この問題に関しては多くの「混乱」が存在するが、「ドミニクがロークに抗しがたい魅力を感じ」ロークと「寝たくてたまらない」ことを示す「決定的」証拠は、この小説の描写の随所に存在していると述べた。個人主義的フェミニズムを信奉するウェンディ・マッケロイ(Wendy McElroy)は、ドミニクはロークに「完全に押し切られている」ものの、この経験をドミニクが承諾しているだけでなく楽しんでもいることが、明らかに示されていると述べた。バーンスタインもマッケロイも、ブラウンミラーのようなフェミニストの解釈は、性に関する誤った理解に基づいていると見なしている。 1936年にランドがこの小説の構想に着手した時、ロークを「もし必要であれば彼女をレイプすることもでき、そのことを正当に感じられる」キャラクターとして考えていたことが、ランドの死後に出版された構想ノートに示されている。この構想ノートの存在は、ランドがフェミニストと議論していた当時は知られていなかった。
※この「レイプ・シーンへの反響」の解説は、「水源 (小説)」の解説の一部です。
「レイプ・シーンへの反響」を含む「水源 (小説)」の記事については、「水源 (小説)」の概要を参照ください。
- レイプ・シーンへの反響のページへのリンク