マイヤー・ヴィートリス完全系列
(マイヤー・ビエトリス完全列 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/29 14:29 UTC 版)
数学の特に代数的位相幾何学およびホモロジー論におけるマイヤー・ヴィートリス完全系列(マイヤーヴィートリスかんぜんけいれつ、英: Mayer–Vietoris sequence)は、位相空間が持つホモロジー群やコホモロジー群といった代数的位相不変量を計算するのに便利な道具の一つで、オーストリアの数学者ヴォルター・マイヤーとレオポルト・ヴィートリスによって示された。これは、位相空間を(コ)ホモロジーの計算がより容易にできるような部分空間の小片に分解するとき、得られる部分空間の(コ)ホモロジーの列ともとの空間のそれとの関係を述べたもので、それによりもとの空間のそれらを計算するという方法論を与える。マイヤー・ヴィートリス完全系列と呼ばれる完全系列は、全体空間の(コ)ホモロジー群、部分空間の(コ)ホモロジー群の直和、部分空間の交わりの(コ)ホモロジー群の三者から構成される自然な長完全列である。
マイヤー・ヴィートリス完全系列は、特異ホモロジー・特異コホモロジーを含む様々なホモロジー論およびコホモロジー論において成立する。一般に、アイレンバーグ-スティーンロッド公理系を満足する(コ)ホモロジー理論に対してマイヤー・ビートリスの完全系列が存在しており、それらに対する簡約版と相対版も考えることができる。大部分の位相空間は、その(コ)ホモロジーを定義から直接に計算することができないので、部分的な情報を得るためにマイヤー・ヴィートリス完全系列のような道具を利用する。位相幾何学に現れるような空間の多くは非常に簡単な小片の貼り合わせとして構成されるが、そういったものの中で、空間を被覆する二つの部分空間(およびそれらの交わり)がもとの空間より単純な(コ)ホモロジーを持つものを注意深く選べば、マイヤー・ヴィートリス完全系列によりもとの空間の(コ)ホモロジーが完全に演繹できるというのである。この観点で言えば、マイヤー・ヴィートリス完全系列は、基本群に対するザイフェルト–ファン・カンペンの定理の類似であり、実際一次元ホモロジーに対しては明確な関係がある。
背景・動機および歴史
位相空間の基本群や高次のホモトピー群と同様に、(コ)ホモロジー群は重要な位相不変量である。(コ)ホモロジー論の中には線型代数学の道具を用いて(コ)ホモロジー群が計算できるものも存在するけれども、他の大部分の重要な(コ)ホモロジー論(特に特異(コ)ホモロジー論)では非自明な空間に対して定義から直接に(コ)ホモロジー群を計算することはできない。特異(コ)ホモロジーの場合、特異(コ)チェイン群や(コ)サイクル群は直接扱うには大きすぎることが多いのである。従ってもう少し直接的でない方法論が必要になってくる。マイヤー・ヴィートリス完全系列はそのような方法論の一つで、任意の空間の(コ)ホモロジー群の部分的な情報を、その空間の二つの部分空間およびそれらの交わりの(コ)ホモロジー群と関連付けて与えるものである。
この関連性を表すのに最も自然で便利な方法は完全系列(完全列)という代数的な概念を用いることである。完全列というのは、ある対象(今の場合は群)と対象間の射(今の場合群準同型)で構成される系列(一次元的な図式)であって、各射の像が次の射の核に一致するようなものをいう。一般には、マイヤー・ヴィートリス完全系列で空間の(コ)ホモロジー群が完全に計算できるようになるわけではないのだけれども、しかし位相幾何学に現れる重要な空間の多くは、位相多様体や単体的複体あるいはCW複体のような、非常に簡単な素片の貼合せとして構成されるものになっているので、マイヤーとヴィートリスが示したような定理は潜在的に広く深い応用の可能性を持っているということができる。
マイヤーは、1926年と1927年のウィーン地方大学における講演会の際に、同僚ヴィートリスから位相幾何学を紹介され[1]、ベッチ数に対する問題の予想される結果とその解法を伝えられて、1929年にその問題を解いている[2]。マイヤーはその結果を、二つの円筒の和として見たときのトーラスに適用した[3][4]。その後の1930年に、ヴィートリスはトーラスのホモロジー群についての完全な結果を示しているが、それは完全列として表されたものではなかった[5]。完全系列の概念が出版物に現れるのは、1952年にアイレンバーグとスティーンロッドが著した書籍 Foundations of Algebraic Topology(「代数的位相幾何学の基礎」)においてであり[6]、それにはマイヤーとビートリスの結果が現代的な形で記されている[7]。
基本形
位相空間 X と、その部分空間 A, B はそれらの内部が X を被覆するもの(A, B の内部が互いに素である必要はない)とするとき、三つ組 (X, A, B) に対する特異ホモロジーのマイヤー・ヴィートリス完全系列は、空間 X, A, B および交わり A∩B に関する(整係数)特異ホモロジー群からなる長完全系列で、簡約版と非簡約版がある[8]。
非簡約版
非簡約ホモロジーに対するマイヤー・ヴィートリス完全系列は、以下の系列
境界写像 ∂* が次元を下げることは、以下のように明示的に説明することができる[10]。Hn(X) の各元は n-輪体 x の属するホモロジー類であり、各 x は(例えば重心細分によって)像が完全にそれぞれ A および B に含まれる二つの n-鎖 u および v の和として書くことができて、∂x = ∂(u + v) = 0, 即ち ∂u = −∂v が成り立つ。このことは、各鎖の境界である (n − 1)-輪体の像が共に、交わり A ∩ B に含まれることを意味する。従って ∂*([x]) Hn−1(A ∩ B) に属する ∂u のホモロジー類である。x とは別の代表元 x′ をとった場合でも(∂x′ = ∂x = 0 だから)∂u は変わらないし、別の分解 x = u′ + v′ をとった場合でも(∂u + ∂v − ∂u′ − ∂v′ = 0 から)∂u = ∂u′ および ∂v = ∂v′ が言える。ただし、マイヤー・ビートリス完全系列における境界写像が A と B の順番には依存することには注意が必要である。特に、A と B の順番を入れ替えると境界写像の符号が反転する。
簡約版
簡約ホモロジーに対しても、A, B の交わりが空でないという仮定の下でマイヤー・ヴィートリス完全系列が存在する[11]。これは正の次元のホモロジーのなす端点を持つ系列
k-次元球面 X = Sk のホモロジーをきちんと計算するために、A および B をそれらの交わりが (k − 1)-次元赤道球面にホモトピー同値な X の二つの半球面とする。k-次元半球面は k-次元円板にホモトピックで、これは可縮だから、A および B のホモロジー群は自明である。簡約ホモロジー群に対するマイヤー・ビートリス完全系列から
マイヤー・ヴィートリス完全系列のもう少しだけ難しい応用として、クラインの壷 X のホモロジー群の計算を挙げよう。二つのメビウスの帯 A, B をそれらの境界円にそって貼合せた和として X を分解すれば、A, B およびそれらの交わり A ∩ B は円にホモトピー同値であるから、マイヤー・ヴィートリス完全系列の非自明な部分は
位相空間 X を二つの空間 K および L の一点和 (wedge sum) とし、さらにそれらの同一視された基点は U ⊂ K および V ⊂ L なる開近傍の変位レトラクトであるものとする。 このとき A := K ∪ V および B = U ∪ L とおけば A ∪ B = X かつ A ∩ B = U ∪ V で、後者は作り方から可縮である。簡約版のマイヤー・ヴィートリス完全系列から(その完全性により)各次元 n に対して