コルティーナ・ダンペッツォとは? わかりやすく解説

コルティーナ‐ダンペッツォ【Cortina d'Ampezzo】


コルティーナ・ダンペッツォ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/12 15:06 UTC 版)

コルティーナ・ダンペッツォ
Cortina d'Ampezzo
行政
国 イタリア
州 ヴェネト
県/大都市 ベッルーノ
CAP(郵便番号) 32043
市外局番 0436
ISTATコード 025016
識別コード A266
分離集落 #分離集落参照
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
地震分類 zona 3 (sismicità bassa)
気候分類 zona F, 4433 GG
公式サイト リンク
人口
人口 5,669 人 (2021年1月時点[1])
人口密度 22.9 人/km2
文化
住民の呼称 AmpezzaniまたはCortinesi
守護聖人 フィリッポと聖ジャコモ (Santi Filippo e Giacomo)
祝祭日 1月19日
地理
座標 北緯46度32分 東経12度08分 / 北緯46.533度 東経12.133度 / 46.533; 12.133座標: 北緯46度32分 東経12度08分 / 北緯46.533度 東経12.133度 / 46.533; 12.133
標高 1211(1057 - 3244)[2] m
面積 254.51 [3] km2
コルティーナ・ダンペッツォの位置

ベッルーノ県におけるコムーネの領域
ポータル イタリア
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コルティーナ・ダンペッツォ(イタリア語: Cortina d'Ampezzo [korˈtiːna damˈpɛttso])は、イタリア共和国ヴェネト州ベッルーノ県に位置する、人口約5,800人の基礎自治体(コムーネ)。

ドロミーティ山脈の麓に位置するアンペッツォ地方の中心地で、登山やウィンタースポーツの拠点となるリゾート地である[4]。

1956年に当地を中心に、冬季オリンピック第7回大会を開催した。2026年に、冬季オリンピック第25回大会をミラノと共催する。

名称

「コルティーナ・ダンペッツォ」は「アンペッツォ地方の柵に囲まれた村」の意で、単に「コルティーナ」とも呼ばれる。イタリア国内ではヴェネト州と隣接するトレンティーノ=アルト・アディジェ州にも同名のコムーネがあり、そちらは「コルティーナ・スッラ・ストラーダ・デル・ヴィーノ」(ワイン街道に面する柵に囲まれた村)として区別される。

  • ラディン語:Anpezo または Ampëz
  • ドイツ語:Hayden
  • 日本語:「コルティーナ・ダンペッツォ」[5][6]、「コルティナ・ダンペッツォ」[4][7]、「コルチナ・ダンペッツォ」[8]など表記の揺れと中黒の略記が散見される。

地理

位置と広がり

ベッルーノ県北部のヴァッレ・ダンペッツォ (it:Valle d'Ampezzo) に所在する町で、アンペッツォ地方の中心地である。県都ベッルーノから北へ約45キロメートル (km)、リエンツから西南へ約58km、ボルツァーノから東へ約60km、州都ヴェネツィアから北へ約124kmの距離にある。

自治体のコルティーナ・ダンペッツォは、254.51平方キロメートル (km2) とベッルーノ県で面積が最も広く、北にボルツァーノ自治県(南チロル)と境を接する。

隣接コムーネ

括弧内のBZはボルツァーノ自治県(トレンティーノ=アルト・アディジェ州)所属を示す。

地勢

ドロミーティの山岳地帯に位置する。

世界遺産「ドロミーティ」

気候

ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候(Cfb)に属する。

コルティーナ・ダンペッツォ(標高1,216m、1991–2020年)の気候
月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年
平均最高気温 °C (°F) 3.8
(38.8)
4.7
(40.5)
8.0
(46.4)
11.3
(52.3)
15.7
(60.3)
19.8
(67.6)
21.9
(71.4)
21.5
(70.7)
16.9
(62.4)
12.4
(54.3)
7.0
(44.6)
3.9
(39)
12.24
(54.03)
日平均気温 °C (°F) −0.8
(30.6)
−0.1
(31.8)
2.9
(37.2)
6.3
(43.3)
10.5
(50.9)
14.2
(57.6)
16.1
(61)
16.0
(60.8)
11.8
(53.2)
7.9
(46.2)
3.1
(37.6)
−0.2
(31.6)
7.31
(45.15)
平均最低気温 °C (°F) −5.3
(22.5)
−4.9
(23.2)
−2.2
(28)
1.2
(34.2)
5.3
(41.5)
8.6
(47.5)
10.3
(50.5)
10.4
(50.7)
6.8
(44.2)
3.3
(37.9)
−0.7
(30.7)
−4.3
(24.3)
2.37
(36.27)
降水量 mm (inch) 47.7
(1.878)
40.7
(1.602)
54.4
(2.142)
74.2
(2.921)
112.9
(4.445)
115.1
(4.531)
126.8
(4.992)
142.7
(5.618)
106.6
(4.197)
120.6
(4.748)
131.6
(5.181)
62.3
(2.453)
1,135.6
(44.708)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 4.6 4.9 6.1 9.6 13.5 13.4 13.3 12.9 9.2 8.8 8.3 5.5 110.1
出典:Istituto Superiore per la Protezione e la Ricerca Ambientale[9]


歴史

中世はアクイレイア総司教領 (Patria del Friuli) で、次いで神聖ローマ帝国の管轄下となった。

1420年にヴェネツィア共和国が征服した。1508年にオーストリア(ハプスブルク君主国)が征服し、1511年までに住民はマクシミリアン1世に忠誠を誓った。以後、1920年までハプスブルク家が領有したが、ドイツ語話者は少数にとどまり、在来のラディン語(レト・ロマンス語群の言語)が維持されてドイツ語圏になかった。

1918年までオーストリアの主権下にあり、1867年のアウスグライヒ以後はオーストリア帝冠領で、ティロル伯領におかれた21の行政区 (Bezirkshauptmannschaften) の一つ、アンペッツォの首邑であった。18世紀末期から19世紀初頭はイギリス人観光客が来訪した。

第一次世界大戦にイタリア王国が参戦した1915年当時、当地の男性はほとんどがオーストリア軍に参加してロシア戦線で戦っていた。残る住民のうち男性は669人で、そのほとんどは16歳未満か50歳以上であったが、イタリア軍と戦うことを試みた。イタリア軍に対する劣勢を覆せずに退却せざるを得なかった。1917年にオーストリアが反攻を開始すると、当地はティロルの民兵 (Standschützen) が占領した(イタリア戦線 (第一次世界大戦) 参照)。イタリアは第一次世界大戦で勝利し、当地はイタリア領となった。

第一次世界大戦後に、アンペッツォ谷の6つの村のうち中央に位置した集落から名を採りコルティーナ・ダンペッツォがコムーネの名称となった。戦前と同様にイタリア人の上流階級に人気の観光地となった。第一次世界大戦中にオーストリアが敷設した軍用軽便鉄道を利用し、1921年にドロミティ鉄道 (it:Ferrovia delle Dolomiti) (カラルツォ・ディ・カドーレ - コルティーナ・ダンペッツォ - ドッビアーコ)が開通し、第二次世界大戦後の1960年代に廃止した。

1944年の第5回冬季オリンピック(1944年コルチナ・ダンペッツオオリンピック)の開催地として決定したが、第二次世界大戦のために開催は中止された。

1956年に第7回冬季オリンピック(1956年コルチナ・ダンペッツオオリンピック)を開催した。当地はオリンピックの開催で世界的知名度を得て観光の大衆化が進行し、オリンピックを期してコルティーナ空港 (Cortina Airport) を開設したが後年に閉鎖した。

2026年に第25回冬季オリンピック(2026年ミラノ・コルティナオリンピック)をミラノと共催する。

行政

分離集落

コルティーナ・ダンペッツォは以下の分離集落(フラツィオーネ)がある。

  • Acquabona di Sopra, Acquabona di Sotto, Alverà, Bigontina di Sopra, Bigontina di Sotto, Cadelverzo di Sopra, Cadelverzo di Sotto, Cademai, Cadin di Sotto, Cadin di Sopra, Campo di Sopra, Campo di Sotto, Chiamulera, Chiave, Cianderies, Coiana, Col, Cortina, Crignes, Doneà, Fiames, Fraina, Gilardon, Grava di Sopra, Grava di Sotto, Guargné, Lacedel,La Riva, Manaigo, Maion di Sopra, Maion di Sotto, Meleres, Mortisa, Pecol, Pezié, Pian da Lago, Pierosà, Pocol, Pontechiesa, Ronco, Salieto, Senorié, Socol, Socus, Staolin, Val di Sopra, Val di Sotto, Verocai, Vera, Zuel di Sopra, Zuel di Sotto

社会

言語

ラディニア

レト・ロマンス語群に属する少数言語ラディン語の話者が多数を占める。「ラディニア」と称する地域を構成する18コムーネのひとつである。

経済と産業

ドロミーティの東の入り口として、夏季はハイキング、冬季はスキーやスノーボードなどウィンタースポーツを目的にヨーロッパや世界各国から来訪者が多い。

別荘が多いほかにホテルやペンションなど宿泊施設が充実し、長距離滞在者向けの安宿から高級ホテルまで各種が点在する。

観光客目当ての土産物店、グッチやブルガリなど高級ファッションブランドのブティック、スキーやスノーボード客向けのショップ、など観光客対応の店舗が市内中心地に多い。

伝統的な産業に、木彫や金属細工など工芸品の生産がある[4]。

スポーツ

コルチナ・ダンペッツオオリンピックでのクロスカントリースキー競技(選手はシクステン・イェルンベリ)
オリンピックスタジアム(2013年撮影)

当地で開催および予定した国際競技会

人物

主な出身者

姉妹都市

その他

脚注

  1. ↑ “Popolazione residente al 1° Gennaio 2021” (イタリア語). 国立統計研究所(ISTAT). 2022年3月16日閲覧。
  2. ↑ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Belluno (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2012年7月16日閲覧。
  3. ↑ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Belluno (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2012年7月16日閲覧。
  4. 1 2 3 萩原愛一. “コルティナ・ダンペッツォ”. 世界大百科事典 第2版(コトバンク所収). 2017年9月25日閲覧。
  5. ↑ 堺憲一. “コルティーナダンペッツォ”. 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク所収). 2017年9月25日閲覧。
  6. ↑ “コルティーナダンペッツォ”. デジタル大辞泉(コトバンク所収). 2017年9月25日閲覧。
  7. ↑ “コルティナダンペッツォ”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典(コトバンク所収). 2017年9月25日閲覧。
  8. ↑ “コルチナダンペッツォの基本情報”. JTB. 2017年9月25日閲覧。
  9. ↑ “Valori climatici normali in Italia”. Istituto Superiore per la Protezione e la Ricerca Ambientale. 2023年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月11日閲覧。

外部リンク




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