カルシュの関係者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/29 03:03 UTC 版)
「フリッツ・カルシュ」の記事における「カルシュの関係者」の解説
カルシュの周囲にはモラクセラ・ラクナータ菌(モラー・アクセンフェルト菌)を発見し、現在の日本の眼科学に大きな影響を及ぼした世界的権威のフライブルク大学教授テオドール・アクセンフェルト(Theodor Axenfeld)がいる。カルシュの妻エッメラ(Emmela)の伯父である。同教授のその末娘のエディット・ピヒト=アクセンフェルト(Edit Picht-Axenfeld)は1937年ショパンコンクールで入賞したピアニストであり、チェンバリストで、フライブルク音楽大学教授として、多くの日本人弟子を残している。なお、現在ベルリンの博物館に歴史的重要資料として厳重保管されている「ヒトラーの行動記録(16ミリ)」を戦後ミュンヘンでハンス・バウアーから押収し、保存していたのがカルシュの長女メヒテルト(Mechtild)の夫ヘルベルト・セイント ゴア(Herbert St.Goar)である。ライン河流域のセイント・ゴア(ドイツ語でザンクト・ゴア)市の200年前の富豪でフランス統治下で市長を務めたラツァルス・セイント・ゴア(Lazars St.Goar)は彼の祖先であることも地元の博物館で確かめられている。宗教上の功績から聖ゴアのようにセイントの称号を授与されている。2002年9月には顕彰されて子孫が同市から大歓迎を受けた。カルシュには、戦後活躍した多くの著名人を育んだだけでなく85年前の出雲の地や日本各地の貴重な記録を後世に残した。彼の日本に関する原稿や膨大な写真が残され、功績が語り継がれている。現在、彼の長女メヒテルト(Mechtild Maria St.Goar)はアメリカのチャタヌーガでルドルフ・シュタイナーの人智学研究の中心人物として、関連書物のドイツ語から英語への翻訳を行っている。また、次女フリーデルン(Friederun)は戦後のマールブルク(Marburg)のシュタイナー学校(自由ヴァルドルフ学校出身で、マールブルク大学で政治学、地理学の博士の学位が授与された後には、同じ自由ヴァルドルフ学校でシュタイナー教育に携わり、定年後の現在もこの分野で活躍している。 ^ 若松秀俊『四ツ手網の記憶』ワンライン、2007年 参考
※この「カルシュの関係者」の解説は、「フリッツ・カルシュ」の解説の一部です。
「カルシュの関係者」を含む「フリッツ・カルシュ」の記事については、「フリッツ・カルシュ」の概要を参照ください。
- カルシュの関係者のページへのリンク