オリエンタル中村百貨店に賃貸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/21 05:56 UTC 版)
「オリエンタルビル」の記事における「オリエンタル中村百貨店に賃貸」の解説
1954年(昭和29年)2月8日に中村呉服店と正式調印を行い、オリエンタルビルも百貨店の経営に参加することになり、中村呉服店が当社の名前を組み入れた「オリエンタル中村」と社名変更を行った。 開店は1954年(昭和29年)5月、3階建ての店舗に4日間で26万人もの人々が来店。オープンとほぼ同時の6月に名古屋テレビ塔が完成し、同年8月には地下鉄工事が始まるなどまさに戦後の復興時期と言える。 世の中が神武景気で沸き立つ1956年(昭和31年)10月、7階建てに増築。1957年(昭和32年)には名古屋・栄間の名古屋市営地下鉄東山線が完成し、来店客数の増加を大いに後押しした。 これ以降、順次土地を広げ、隣地600坪に8階建てのビルを建設し、1962年(昭和37年)10月に完成。これにより床面積が14,000坪となり、久屋大通と接した。 平松さわは、さらに広小路通と久屋大通に接する北側角地の取得を目指したが、地価が急上昇しており、最終的には402坪の内116坪を当社、74坪が百貨店、残り212坪を3名の所有者が共同で購入することになった。 この土地に地上8階、地下2階の共同ビルを建て、1969年(昭和44年)9月にオーブン。 この結果、1954年(昭和29年)に売り場面積4,000坪でスタートした百貨店は19,000坪となる大百貨店へと成長した。 しかし、創業以来隆盛を誇っていたオリエンタル中村百貨店だったが、1975年(昭和50年)から経営に変調を来すこととなり、従来から業務提携を行っていた三越と資本提携の話に進むこととなった。
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