ウビフ語とは? わかりやすく解説

ウビフ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/30 07:58 UTC 版)

ウビフ語
t°axəbza , tʷɜχɨbzɜ
発音 IPA: t͡pɜχɨbzɜ
話される国 ソチ周辺(1864年以前)
トルコ(1864年以後)
地域 コーカサス
消滅時期 1992年10月7日
言語系統
表記体系 無文字言語
言語コード
ISO 639-1 なし
ISO 639-2 cau
ISO 639-3 uby
消滅危険度評価
Extinct (Moseley 2010)
テンプレートを表示

ウビフ語(ウビフご、ウビフ語: t°axəbza, tʷɜχɨbzɜ)は、かつてウビフ人によって話されていた北西コーカサス語族(アブハズ・アディゲ諸語)の言語の一つ。

概要

ウビフ語は80または81の子音を持ち、コン語の子音が解明されるまでは世界でもっとも多くの子音を持つ言語であると考えられていた[1]

膠着的な形態法を持つ。能格型の格標示を行う。8~10個の時制と5個のを区別する。動詞は多くの接頭辞接尾辞によるきわめて複雑な派生屈折を行う。

ウビフ語話者は自身の言語をtʷɜχɨbzɜと呼んだ。これはウビフ人の自称であるtʷɜχɨ[2]:195と言語を表すbzɜ[2]:91の複合語である。

「ウビフ」という名称はアディゲ語におけるウビフ人の呼称(アディゲ語: убых /wɨbɨx/)から来ている[3]:22

歴史

ウビフ語を話していたウビフ人はかつて黒海北部沿岸のソチ周辺に住んでいたが、1864年に起きたロシアとのコーカサス戦争で敗戦後、生き残ったウビフ人の殆どはトルコへ移住した[4]:33[注釈 1]

ウビフ語の最古の記録として知られているのは17世紀頃にエヴリヤ・チェレビが記したセイハトナーメ英語版で、「サズ語」としてウビフ語を記録している[6]:8-9。サズ人はアブハジア人の住む土地とウビフ人の住む土地の間に住んでいたと言われており、ウビフ人同様にコーカサス戦争後はトルコへ移住している。尚、サズ人はアブハズ語の一方言を話しており、ウビフ語とは関係無い。

近代ではジェームス・ベル英語版が1840年に「アバザ語」としてウビフ語の単語を記録しており[7]、1887年にはピョートル・ウスラル英語版アブハズ語の文法書内の補遺にウビフ語の記録を遺している[8]

ロシア科学アカデミーの要請によりアドルフ・ディルドイツ語版が1913年にウビフ語の調査を行い[9]:1-4、1928年にウビフ語に関する書籍を出版した[9]。これが知られている限り最も古い体系的なウビフ語の記録である[注釈 2]。彼は自著にて次のようなことを述べており、1913年の時点で既にウビフ語が絶滅寸前であったことがわかる。

... 正直、これが完成するかどうか怪しい。1898年にベネディクツェンが既に述べていたことは1913年までに全て確認した。ウビフは絶滅した言語であり、全てのウビフ人はトリリンガル[注釈 3]であった。彼らはチェルケス語トルコ語、そして少しのウビフ語を知っていた。Kyrkbunarで私は喜ばしい事に、もちろん、完全ではないインフォーマットを見つけた。...

(中略)

... ウビフ人は最早独自の民話を持たず、チェルケス語やトルコ語で歌い、おとぎ話や伝統もまたウビフ語ではなくそれらの言語で語っている。ベネディクツェンはウビフ語の歌を知っていた老人が一年前に死んでいたという事を報告している ...

— Dirr, A. (1928) Die sprache der ubychen p.3、著作権保護期間満了

第二次世界大戦前に単独の本として出版されたウビフ語の著書はアドルフ・ディル以外に1931年にジョルジュ・デュメジル[10]、1934年にジュリアス・メスザロス[11]がそれぞれ出版している。

第二次世界大戦後、ジョルジュ・デュメジルを筆頭に多くの学者がウビフ語を記録した。1954年に「ウビフ語の発音構造[12]」、1955年に「ウビフ語の喉音[13]」、1958年に「ウビフ語の母音[14]」という論文が発表され、子音が80個以上存在するという学説が成立する。それ以前の文献では子音の表記が不正確[12]:162-163であるため注意が必要であるが、Dirr 1928とDumézil 1931に記載されたウビフ語テキストは1959年に校正され[15]:51-76、Mészáros 1934に記載されたことわざ一覧は1960年に校正された[16]:79-89。この音素構造の解明とテキストの校正では、ウビフ語話者であるテヴフィク・エセンチが活躍した。彼はトルコ語が流暢に話せない祖父母に育てられ[2]:66-67、8歳までウビフ語のみで生活をしていた[2]:258ウビフ語母語話者で、1956年から亡くなる前年の1991年[注釈 4]までウビフ語の記録に協力した。

単語集自体はDirr 1928, Dumézil 1931, Mészáros 1934に収録されているが、前述通り音素が正確でなかった。1963年、ハンス・フォークトノルウェー語 (ニーノシュク)版は今まで発表されたテキストを基にウビフ語-フランス語辞書を出版した[2]。尚、この辞書は1965年デュメジルによって校正されている[17]:197-259ため、この辞書を用いる際はデュメジルによる校正も参照する事が望ましい。

文法面は1959年以降、長らくまとまった資料が作られなかったが、1975年にデュメジルが「ウビフ語の動詞[18]」を出版した。ウビフ語全体の文法については1989年にシャラシゼが記述している[19]。また、2011年には初めて英語で書かれた文法書がフェンウィックにより出版された[20]

1992年10月7日、テヴフィク・エセンチが死去したことで母語話者が誰もいなくなり、死語となった[3]:5

2011年現在、ウビフ語の言葉を知る者は殆どおらず、知っていてもいくつかの短いフレーズが言える程度であったという報告がある[21]

歴史的な話者分布

公的なウビフ語の話者統計は存在しない。以下は断片的な情報である。

  • 1864年以前、ウビフ人はソチ周辺に住んでいた。キシュマホフによれば、ウビフ人は現在のヴォルコンカロシア語版以南ホスタロシア語版以北の範囲に住んでいた[22]:346-347
  • 1889年にオーゲ・ベネディクツェングルジア語版、1913年にジェームス・ベル、1930年にジョルジュ・デュメジルはサパンジャ英語版にあるウビフ人の村を訪れていたが、1965年までに話者の殆どが死亡していた[17]:11-36
  • 1931年ジュリアス・メスザロス、1953年以降のジョルジュ・デュメジル、1957年以降のハンス・フォークト、1965年以降のジョルジュ・シャラシゼ英語版などの大半の言語学者はバルケスィルのマニャス地区にあるウビフ人の村を訪れていた[23]:38。テヴフィク・エセンチはマニャス地区のHacı Osman köyü (ウビフ語:lɜkʷʼɐɕʷɜ[2]:136)と呼ばれる地区に住んでいた。
  • カフラマンマラシュサムスンにもウビフ語話者が居たとされているが、カフラマンマラシュでは1967年に最後の話者が死亡し、サムスンでは1974年の時点で誰もウビフ語を話していなかったという報告があり、言語学者による調査は殆ど行われていない[24]:278

音素

ウビフ語は北西コーカサス語族の中では比較的珍しい咽頭音を区別する言語として知られている。咽頭音を区別する言語は他にもアブハズ語のブズィプ方言などが知られているが、ウビフ語は北西コーカサス語族の中でも特に咽頭音が多い[25]:150

ウビフ語に出現する音素は話者により若干異なる。テヴフィク・エセンチのように外来語由来の子音を含め84個の音素を区別している者もいれば、一方で60個程度しか子音の区別がなかったケースもある(後述)。

他の北西コーカサス語族に属する言語と同じく、母音の数が極端に少ない。ウビフ語では2個または3個しかない。

子音

子音は80個または81個存在する。これは[kʼ]を固有の音素として数えるかどうかで学者によって意見が異なっているためである。

いずれも借用語に現れる音素を含めれば84個である。借用語にのみ現れる子音は[k] [g] [v]の3音素で、[kʼ]を加えるなら4音素である。

以下はデュメジルによる子音表[18]:13及びフェンウィックによる実際の発音記号[20]:17-24である。デュメジルは[kʼ]を固有の音素として数えている。

ウビフ語では歯茎音~歯茎硬口蓋音の間に独特な唇音化が発生した[20]:15-17アブハズ語の子音表も参照。

唇音 歯茎音 後部歯茎音 歯茎硬口蓋音 そり舌音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
平音 咽頭 平音 唇音 側面 平音 唇音 平音 唇音 口蓋 平音 唇音 咽頭 口蓋 平音 唇音 咽頭 唇音+咽頭
鼻音 [m] [mˤ] [n] ([ʔ])[注釈 5]
破裂音 無声音 [p] [pˤ] [t] [t͡p] [kʲ] [k] [kʷ] [qʲ] [q] [qʷ] [qˤ] [qʷˤ]
有声音 [b] [bˤ] [d] [d͡b] [ɡʲ] [ɡ] [ɡʷ]
放出音 [pʼ] [pˤʼ] [tʼ] [t͡pʼ] [kʲʼ] [kʼ] [kʷʼ] [qʲʼ] [qʼ] [qʷʼ] [qˤʼ] [qʷˤʼ]
破擦音 無声音 [t͡s] [t͡ʃ] [t͡ɕ] [t͡ɕᶲ] [ʈ͡ʂ]
有声音 [d͡z] [d͡ʒ] [d͡ʑ] [d͡ʑᵝ] [ɖ͡ʐ]
放出音 [t͡sʼ] [t͡ʃʼ] [t͡ɕʼ] [t͡ɕᶲʼ] [ʈ͡ʂʼ]
摩擦音 無声音 [f] [s] [ɬ] [ʃ] [ʃʷ] [ɕ] [ɕᶲ] [ʂ] [x] [χʲ] [χ] [χʷ] [χˤ] [χˤʷ] [h]
有声音 [v] [vˤ] [z] [ʒ] [ʒʷ] [ʑ] [ʑᵝ] [ʐ] [ɣ] [ʁʲ] [ʁ] [ʁʷ] [ʁˤ] [ʁˤʷ]
放出音 [ɬʼ]
接近音 [l] [j] [w] [wˤ]
ふるえ音 [r]


母音

母音は他の北西コーカサス語族と同様極端に少なく、2つまたは3つしか区別が存在しない。

開母音について、アブハズ語のような長母音と短母音の違い(母音としては1種類)があるか、アディゲ語のような広母音半広母音の違いがあるかで学者によって意見が異なるため母音の数が確定していない。

また、垂直母音構造英語版[注釈 6]であり、前舌母音後舌母音といった舌の位置について区別がないため、多くの異音が現れる[20]:25

三母音説 二母音説
狭/閉 /ɨ/ /ə/
半広/開 /ɜ/ /a/
広/長開 /ɐ/ /aː /


方言

話者によって差異が存在するため厳密には話者毎に方言を設定する事ができるが、特筆するべきはデュメジルがKaracalarでOsman Güngörというインフォーマントから記録したウビフ語(の方言と思わしきもの[17]:266-269[注釈 7])である。

音素

多くの違いが存在するが、特に異なる部分は以下の3点である。

  • 咽頭音が殆ど出現しない。代わりに平音または硬音(fortis)が出現する。デュメジルは ɐbˤɜ (病気)と qʷˤɨ (吠える)の2単語でのみ咽頭音を観測している。
  • 口蓋化口蓋垂音が出現しない。代わりに平音または硬音(fortis)が出現する。
  • [t͡p] [d͡b] [t͡pʼ] が完全に[p] [b] [pʼ]として発音されている。

以下に挙げるのはコラルッソによる子音表[25]:418である。ただし[ɣ]についてデュメジルは存在しない事が示唆されると書いているため赤で示した。

またデュメジルが示したが、コラルッソが示さなかった音素[mː](mːɜ りんご,mˤɜ)と、[qː](qːɜ - 咳をする,qʲɜ)を青で示した。

[bˤ]と[qʷˤ]は本表には加えていない。

唇音 歯茎音 後部歯茎音 歯茎硬口蓋音 そり舌音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
平音 硬音 平音 側面 平音 唇音 平音 唇音 唇音+硬音 口蓋 平音 唇音 硬音 平音 唇音 硬音 唇音+硬音
鼻音 [m] [mː ] [n]
破裂音 無声音 [p] [t] [kʲ] [kʷ] [q] [qʷ] [qː ]
有声音 [b] [d] [ɡʲ] [ɡʷ]
放出音 [pʼ] [tʼ] [kʲʼ] [kʷʼ] [qʼ] [qʷʼ]
破擦音 無声音 [t͡s] [t͡ʃ] [t͡ɕ] [t͡ɕʷ] [ʈ͡ʂ]
有声音 [d͡z] [d͡ʒ] [d͡ʑ] [d͡ʑʷ] [ɖ͡ʐ]
放出音 [t͡sʼ] [t͡ʃʼ] [t͡ɕʼ] [t͡ɕʷʼ] [ʈ͡ʂʼ]
摩擦音 無声音 [f] [s] [ɬ] [ʃ] [ʃʷ] [ɕ] [ɕʷ] [ɕː ʷ] [ʂ] [x] [χ] [χʷ] [χː ] [χː ʷ] [h]
有声音 [v] [z] [ʒ] [ʒʷ] [ʑ] [ʑʷ] [ʐ] [ɣ] [ʁ] [ʁʷ]
放出音 [ɬʼ]
接近音 [l] [j] [w] [wː ]
ふるえ音 [r]

文字

ウビフ語は文字を持たない言語であったが、言語学者が自著に記述する際に作成された文字体系が存在する。

ジョルジュ・デュメジルおよびハンス・フォークト

以下は特に多くのウビフ語の記録を行ったジョルジュ・デュメジル[18]:13及びハンス・フォークト[2]:13により記述された便宜上の文字である。

デュメジルは母音を3つ、フォークトは母音を4つ[注釈 8]に設定した。そのため両者の表記体系には差異があり、ここではデュメジルの著書における表記を赤字、フォークトの著書における表記を青字、外来語(主にトルコ語)でのみ現れる音素を橙字で示した。

[kʼ]をデュメジルは固有音素として数えている一方、フォークトは固有音素として数えていない。

a
/ɜ/ /a/
,
/ɐ/ /aː /
b
/b/

/bˤ/
c
/t͡s/
c’
/t͡sʼ/
ċ
/t͡ɕ/
ċ’
/t͡ɕʼ/

/t͡ɕʷ/
c°’
/t͡ɕʷʼ/
č
/ʈ͡ʂ/
č’
/ʈ͡ʂʼ/
čʹ
/t͡ʃ/
čʹ’
/t͡ʃʼ/
d
/d/

/dʷ/
e
/e/
f
/f/
g
/g/

/gʲ/

/gʷ/
h
/h/
ı
/ɯ/
i
/i/
k
/k/
k’
/kʼ/

/kʲ/
kʹ’
/kʲʼ/

/kʷ/
k°’
/kʷʼ/
l
/l/
λ , ɬ
/ɬ/
λ’
/ɬʼ/
m
/m/

/mˤ/
n
/n/
o
/o/
ö
/œ/

/oː /
[注釈 9]
p
/p/
p’
/pʼ/

/pˤ/
p̄’
/pˤʼ/
q
/q/
q’
/qʼ/

/qʲ/
qʹ’
/qʲʼ/

/qʷ/
q°’
/qʷʼ/

/qˤ/
q̄’
/qˤʼ/
q̄°
/qʷˤ/
q̄°’
/qʷˤʼ/
r
/r/
s
/s/

/ɕ/

/ɕʷ/
š°
/ʃʷ/
š
/ʂ/
šʹ
/ʃ/
t
/t/

/tʷ/
t’
/tʼ/
t°’
/tʷʼ/
u
/u/
ü
/y/
v
/v/

/vˤ/
w
/w/

/wˤ/
x
/χ/

/χʲ/

/χʷ/

/χˤ/
x̄°
/χˤʷ/
χ
/x/
y
/j/
z
/z/
ż
/ʑ/

/ʑʷ/
ž°
/ʒʷ/
ž
/ʐ/
žʹ
/ʒ/
γ
/ʁ/
γʹ
/ʁʲ/
γ°
/ʁʷ/
γ̄
/ʁˤ/
γ̄°
/ʁˤʷ/
ǧ
/ɣ/
ʒ
/d͡z/
ʒ̇
/d͡ʑ/
ʒ°
/d͡ʑʷ/
ǯ
/ɖ͡ʐ/
ǯʹ
/d͡ʒ/
ʹ , ?
/ʔ/
ə
/ɨ/ /ə/

フェンウィックによる「実用的なウビフ語の正書法」

以下はフェンウィックにより提案されたトルコ語キーボードで入力可能な「実用的なウビフ語の正書法」(an Ubykh practical orthography) である[20]:210-211

e
/ɜ/
a
/ɐ/
b
/b/
bh
/bˤ/
ts
/t͡s/
tsʼ
/t͡sʼ/
çi
/t͡ɕ/
çʼi
/t͡ɕʼ/
çü
/t͡ɕʷ/
çʼü
/t͡ɕʷʼ/
çr
/ʈ͡ʂ/
çʼr
/ʈ͡ʂʼ/
ç
/t͡ʃ/
çʼ
/t͡ʃʼ/
d
/d/
du
/dʷ/
f
/f/
gi
/gʲ/
gu
/gʷ/
h
/h/
ki
/kʲ/
kʼi
/kʲʼ/
ku
/kʷ/
kʼu
/kʷʼ/
l
/l/
lh
/ɬ/
lʼh
/ɬʼ/
m
/m/
mh
/mˤ/
n
/n/
ew
/ɜw/
p
/p/

/pʼ/
ph
/pˤ/
pʼh
/pˤʼ/
q
/q/

/qʼ/
qi
/qʲ/
qʼi
/qʲʼ/
qu
/qʷ/
qʼu
/qʷʼ/
qh
/qˤ/
qʼh
/qˤʼ/

/qʷˤ/
qʼö
/qʷˤʼ/
r
/r/
s
/s/
şi
/ɕ/
şü
/ɕʷ/
şu
/ʃʷ/
şr
/ʂ/
ş
/ʃ/
t
/t/
tu
/tʷ/

/tʼ/
tʼu
/tʷʼ/
vh
/vˤ/
w
/w/
wh
/wˤ/
x
/χ/
xi
/χʲ/
xu
/χʷ/
xh
/χˤ/

/χˤʷ/

/x/
y
/j/
z
/z/
ji
/ʑ/

/ʑʷ/
ju
/ʒʷ/
jr
/ʐ/
j
/ʒ/
ğ
/ʁ/
ği
/ʁʲ/
ğu
/ʁʷ/
ğh
/ʁˤ/
ğö
/ʁˤʷ/

/ɣ/
dz
/d͡z/
ci
/d͡ʑ/

/d͡ʑʷ/
cr
/ɖ͡ʐ/
c
/d͡ʒ/
ı
/ɨ/

ベルシロフ

以下はベルシロフにより出版された「ウビフ語-アディゲ語-ロシア語辞書」[26]で用いられたキリル文字ベースの正書法である。

а
/ɜ/
э
/ɐ/
б
/b/
б
/bˤ/
ц
/t͡s/
цӀ
/t͡sʼ/
ц˙
/t͡ɕ/
ц˙Ӏ
/t͡ɕʼ/
цу
/t͡ɕʷ/
цӀу
/t͡ɕʷʼ/
ч
/ʈ͡ʂ/
кӀ
/ʈ͡ʂʼ/
чъ
/t͡ʃ/
чӀ
/t͡ʃʼ/
д
/d/
ду
/dʷ/
ф
/f/
гь
/gʲ/
гу
/gʷ/
хь
/h/
кь
/kʲ/
кӀь
/kʲʼ/
ку
/kʷ/
кӀу
/kʷʼ/
л
/l/
лъ
/ɬ/
лӀ
/ɬʼ/
м
/m/
м
/mˤ/
н
/n/
о
/ɜw/
п
/п/
пӀ
/pʼ/
п
/pˤ/
пӀ
/pˤʼ/
къ
/q/
кӀъ
/qʼ/
къь
/qʲ/
кӀъь
/qʲʼ/
къу
/qʷ/
кӀъу
/qʷʼ/
къ
/qˤ/
кӀъ
/qˤʼ/
къу
/qʷˤ/
кӀъу
/qʷˤʼ/
р
/r/
с
/s/
ш˙ъ
/ɕ/
шу
/ɕʷ/
шъу
/ʃʷ/
ш
/ʂ/
щ
/ʃ/
т
/t/
ту
/tʷ/
тӀ
/tʼ/
тӀу
/tʷʼ/
в
/vˤ/
у
/w/
у
/wˤ/
хъ
/χ/
хъь
/χʲ/
хъу
/χʷ/
хъ
/χˤ/
хъу
/χˤʷ/
х
/x/
й
/j/
з
/z/
ж˙ъ жъ
/ʑ/
жу
/ʑʷ/
жъу
/ʒʷ/
ж
/ʐ/
жь
/ʒ/
гъ
/ʁ/
гъь
/ʁʲ/
гъу
/ʁʷ/
гъ
/ʁˤ/
гъу
/ʁˤʷ/
г
/ɣ/
дз
/d͡z/
д˙з
/d͡ʑ/
дзу
/d͡ʑʷ/
дж
/ɖ͡ʐ/
джь
/d͡ʒ/
ы
/ɨ/

文法

ウビフ語は能格言語であるため、対格言語である日本語から見ると自動詞主格他動詞目的格が文法上同じ扱いをする。また、マーカーによって語の文法的機能の付与を行う。

動詞は語幹に対して絶対格・斜格・能格といった人称、時制、否定、アスペクト、絶対格の単複などといった情報がマーカーで付与される。このような形態を「スロット型」と呼びマーカーの付与には定められた順番が存在するが、否定形と絶対格の単複の付与形態は時制毎に異なっており、特に単複については時制マーカーそのものが変形する場合や、一部動詞では語幹そのものが変形する場合があるなど非常に複雑である[注釈 10]

ウビフ語では5種類の基底となる格が存在する[20]:33-45。ただし、接尾辞は5種類以上ある。

形容詞に対して用いることで副詞の機能を付与する。副詞は動詞に対して前置修飾である。

jɜdɜ-n ɐ-ʈ͡ʂʼɜ-gʲɨʁɨ-ø
多い- adv 3sg.abs-良い-とても- stat.pres
とても良い[2]:67
ɐ-tʷɜχʷɜ-qɜfɜ-ʁɜ ɐ-kʲʼɜ-qʼɜ-n
その-川-沿岸- loc 3pl.abs-行く- pret- pl
彼らは川岸へ行った[27]

共格マーカー-ɐlɜは日本語の”~と”(and)の意味合いも持つ。

ɐjdɜ-χɨ[注釈 13]-n-gʲɨ ɕʷɨbˤɜ-ɐlɜ psɜ-ɐlɜ ø-ø-χʷɜdɜ-n ɐ-j-nɨ-w-q’ɜ
他. sg-属する. sg[注釈 14]- erg-も チーズ- com 魚- com 3sg.abs- 3sg.erg-買う- conv[注釈 15] 3pl.abs- prev[注釈 16]- 3sg.erg-運ぶ- pret
もう一人もチーズと魚を買って持ってきた[28]
bɜrdɜnɜqʷɜ-gʲɨ ʁɜ-tʼqʷʼɜ-qʼɐpʼɜ-ɜwn ɐ-t͡ʃɐʁɜ ø-ø-qʷʼɜ-n (...)
バダノコ-も 3sg.poss[注釈 18]-2つ-手- instr その-コップ[注釈 19] 3sg.abs- 3sg.erg-取る- conv (...)
バダノコ[注釈 20]も両手でコップを取って…[30]:435

基本文型

基本文形はSVまたはAOV,Agent(動作主)-Object(目的語)-Verb(動詞)である[20]:151

絶対格と斜格はどちらが先頭に来ても語の強調といった意味の変化はない[20]:153

  • 例 (絶対格 斜格 動詞)
ɐ-ʁʷɨndʷɨ ɐ-ʁʷɨn-ʂɜ-n ø-ø-ʂɨqʷʼɐ-tʷʼɜs-qʼɜ
その-鳥( abs) その-頂点-木- obl 3sg.abs- 3sg.obl- prev-座る- pret
鳥が木の頂に止まった[20]:35[18]:122
  • 例 (斜格 絶対格 動詞)
zɜ-tɨtɨ-n tʼqʷʼɜ-qʷɜ ø-ø-qʼɐ-ʁ-qʼɜ.
1つ[注釈 21]-男- obl 2つ-息子( abs) 3pl.abs- 3sg.obl-手で( prev)-抱える- pret
とある男が2人の息子を持っていた[2]:72
  • 例 (能格 絶対格 動詞)
ʁʷɜ zɜkʲʼɜ sɨ-pʃɜ dɜ-ø-w-bɨjɜ-q’ɜ-ʁɐfɜ wɨ-ʃʷɐt͡ʃɜ-n.
あなた( erg) 一度 1sg.poss-後ろ( abs) sub[注釈 22]- 3sg.abs- 2sg.erg-見る- pret-だから 2sg.abs-笑う- pres
あなたは一度私の後ろを見たから笑っている[31]

名詞の修飾

形容詞は名詞に対して後置修飾である[19]:375[20]:63-65,150

zɜ-pχʲɜɕʷ-ɐnɨɕʷɜ
1つ-女-美しい
(1人の,とある)美しい女性[18]:155

また、動詞の過去形を形容詞として名詞に修飾し、複合語を作る事がある[20]:65-67

t͡ʃɜ-tʷʼɜ-qʼɜ
乳-膿む- pret
ヨーグルト (直訳:膿んだ乳)[2]:104

動作動詞

動作動詞は語根に決まった順番で接辞的要素を置く「スロット型」と呼ばれる構造を取っている。

フェンウィックは語根を含め27個のスロットがあるとしている[20]:98。全てのスロットが埋まる訳ではないが、アブハズ語の17個[32]と比べると多い。

重要な要素のみを取り上げると動詞は以下のような構造をしている[20]:98-99

「絶対格( abs)-斜格( obl)-関係動詞前辞-斜格( obl)-動詞前辞( prev)-能格( erg)-否定辞( neg)-動詞語根-アスペクト-複数辞( pl)-時制-複数辞( pl)-否定辞( neg)」

複数辞と否定辞のスロットが各2個あるがこれは時制によって出現位置が変わるためである。後述。


人称は1人称から3人称まで存在し、単数・複数の区別がある[18]:74[19]:378,396[20]:76-77,101。アブハズ語で見られるような男女の区別は存在しない[注釈 23]

人称代名詞

テヴフィク・エセンチはしばしば1人称複数をʃɜɬɜ, 2人称複数ɕʷɜɬɜと省略していたが、他のウビフ語話者から間違いであると指摘されていた[20]:77

1人称 2人称 3人称
単数 sɨʁʷɜ wʁʷɜ, ʁʷɜ ɐʁʷɜ
複数 ʃɨʁʷɜ(ɬɜ) ɕʷɨʁʷɜ(ɬɜ) ɐʁʷɜɬɜ

絶対格人称マーカー

1人称 2人称 3人称 無人称
単数 s(ɨ)- w(ɨ)- ɐ-, jɨ-, ɨ-, ø- jɜ-
複数 ʃ(ɨ)- ɕʷ(ɨ)- ɐ-, jɨ-, ø-
  • 無人称絶対格マーカーは本来絶対格を取らなければならない他動詞で絶対格を取らない時に用いる。
t͡ʃʼɜχʷɜ jɜ-sɨ-fɨ-qʼɜ-mɜ.
今日 null.abs- 1sg.erg-食べる- pret- neg
今日、私はまだ何も食べていない[20]:108

3人称マーカーが複数あるが、これは以下のルールに従う[19]:394-396[20]:103-104

  • 自動詞
    • 3人称単数ならばɐ-またはø-, 3人称複数ならばɐ-
  • 斜格を伴う自動詞・斜格を伴わない他動詞
    • 後続の人称マーカーが1人称または2人称ならば単数ɐ-またはø-,複数ɐ-
    • 後続の人称マーカーが3人称単数なら単数複数共にjɨ-またはø-
    • 後続の人称マーカーが3人称複数なら、無標(ø-)。
  • 斜格を伴う他動詞
    • 斜格人称マーカーが1人称または2人称ならばいかなる能格でも単数ɐ-またはø-,複数ɐ-
    • 斜格が3人称単数なら、いかなる能格でもjɨ-。更に能格が3人称単数ならば無標にできる(ø-)。
    • 斜格が3人称複数なら、いかなる能格でも無標(ø-)。
  • 絶対格人称マーカーにアクセントがあるとき、jɨ-はɨ-になる事がある。

斜格人称マーカー

後続するマーカーまたは動詞の語根が有声音かつ斜格人称マーカーにアクセントが無い時、1人称単数・1人称複数・2人称複数マーカーは対応する有声音になる。

1人称 2人称 3人称
単数 s(ɨ)-, z- w(ɨ)- ø-
複数 ʃ(ɨ)-, ʒ- ɕʷ(ɨ)-, ʑʷ(ɨ)- ɐ-

関係動詞前辞

関係動詞前辞は必ず oblaを伴って出現し、また oblaは必ず関係動詞前辞を伴って出現する。

関係動詞前辞は3種類ある[20]:110

  • 受益者格英語版 ( ben): -χʲɜ-

oblaのために、 oblaに向けて動作を行う

ɐ-w-χʲɜ-s-ʃ-ɜwt
3sg.abs- 2sg.obla- ben- 1sg.erg-する- fut.ii
私はあなたaのために 3sg.absをするでしょう[18]:166[20]:165
ɐ-nkʲɜ-nɨ ʃɨ-zɜ-χʲɜ-ʃ-nɜ-ɜw
その-友達- adv 1pl.abs- recip.obla[注釈 24]- ben-なる- pl- fut.i
お互いaに友達になりましょう[20]:152

oblaの意向に反して、 oblaに逆らって動作を行う

ɐ-s-t͡ɕʷʼɨ-ø-ʁʷɐ-tʷʼɨ-qʼɜ
3sg.abs- 1sg.obla- mal- 3sg.oblb- prev-離れる- pret
3sg.oblbは私aの願いに反して 3sg.absを出てきた[20]:111
  • 共格 ( com): -d͡ʒɨ-

oblaと共に動作を行う

jɜ-zɜ-d͡ʒɨ-nɐ-d͡ʑʷɜ-qʼɜ
null.abs- recip.obla- com- 3pl.erg-飲む- pret
3pl.ergは一緒aに飲んだ[20]:110


能格人称マーカー

後続するマーカーまたは動詞の語根が有声音かつ能格人称マーカーにアクセントが無い時、1人称単数・1人称複数・2人称複数マーカーは対応する有声音になる。

1人称 2人称 3人称
斜格または動詞前辞が無い時 斜格または動詞前辞が有る時
単数 s(ɨ)-, z- w(ɨ)- ø- n(ɨ)-
複数 ʃ(ɨ)-, ʒ- ɕʷ(ɨ)-, ʑʷ(ɨ)- ɐ- nɐ-

アスペクト

アスペクトは5種類ある[注釈 26]

習慣となっている動作を表す。

ɐ-wɨrɨs-ɐlɜ ʃɨ-zɜjɜ-gʲɜ-ɐ-nɜjɬ
その-ロシア- com 1pl.abs-戦う- hab- pl- impf
私たちはいつもロシアと戦争していた[18]:55


動作の反復を表すが、一部の動詞では意味が変化する。

ɐ-wɨ-s-tʷɨ-n
3sg.abs- 2sg.obl- 1sg.erg-あげる- pres
私はあなたに 3sg.absをあげる[18]:52
ɐ-wɨ-s-tʷ-ɐjɨ-n
3sg.abs- 2sg.obl- 1sg.erg-あげる- iter- pres
私はあなたに 3sg.absを返す (再びあげる)[18]:52


完全な動作、完結した動作を表す。

ɐ-s-t͡ɕʼɜ-ɐj-lɜ-n
3sg.abs- 1sg.erg-知る- iter- exh- pres
私は完全に 3sg.absを覚えている[18]:70[20]:127
ʁɜ-ɬɐpʼɜ dʁɜ-ø-ø-pʼt͡ɕʼɜ-lɜ-tʼɨn (...)
3sg.poss-foot sub- 3sg.abs- 3sg.erg-洗う- exh- conv (...)
3sg.absが足を洗い終えると…[20]:126


度の超えた動作を表す。

jɜ-s-fɨ-t͡ɕʷɜ-n.
null.abs- 1sg.erg-食べる- exc- pres
私は食べ過ぎている[18]:56[20]:126


動作の可能・不可能を表す。

s-kʲʼɜ-fɜ-qʼɜ-mɜ
1sg.abs-行く- pot- pret- neg
私は行けなかった[18]:51

時制

ウビフ語の時制は8個[18]:146-147から10個[注釈 32][注釈 33]存在する。

以下に示すマーカーは単数・肯定形である。

  • 現在形 ( pres): -n

テヴフィク・エセンチのウビフ語では現在形と現在進行形の両方を意味する。

wɨ-z-bjɜ-n
2sg-abs- 1sg.erg-見る- pres
私はあなたを見る、見ている[18]:148


単純過去(Preterite)を表す。

ɐ-tɨt ø-qˤɜ-qʼɜ
その-男 (abs) 3sg.abs-走る- pret
その男は走った[19]:370


  • 未来形Ⅰ ( fut.i): -ɜw

未来形ⅠではⅡよりも確実的未来、即時的未来を表す他、提案にも用いられる。

ɐ-nkʲɜ-nɨ ʃɨ-zɜ-χʲɜ-ʃ-nɜ-ɜw
その-友達- adv 1pl.abs- recip.obla- ben-なる- pl- fut.i
お互いaに友達になりましょう[20]:152


  • 未来形Ⅱ ( fut.i): -ɜwt

Ⅰよりも比較的曖昧な、一般的な未来を表す。

ɐ-w-χʲɜ-s-ʃ-ɜwt
3sg.abs- 2sg.obla- ben- 1sg.erg-する- fut.ii
私はあなたaのために 3sg.absをするでしょう[18]:166[20]:165


  • 半過去 ( impf): -nɜjtʼ

いわゆる過去進行形、「~していた」を表す。

ɐ-wɨrɨs-ɐlɜ ʃɨ-zɜjɜ-gʲɜ-ɐ-nɜjɬ
その-ロシア- com 1pl.abs-戦う- hab- pl- impf
私たちはいつもロシアと戦争していた[18]:55


  • 大過去 ( plup): -qʼɜjtʼ

いわゆる過去完了形、動作が過去に完了した事を表す。

wɨ-gʲɨd͡zɜ-s-ʃ-qʼɜjtʼ sɨ-qʷɜ zɐqˤɜ sɨ-jɜrt͡ʃχɐw
2sg.abs-大きい- 1sg.erg-なる- plup 1sg.poss-息子 唯一 1sg.poss-イェルチハウ
私が育てた一人息子のイェルチハウ[18]:151[2]:60


仮定ⅠとⅡは過去における未来、「~だっただろう」を意味する。 未来形とは逆で仮定Ⅰでは不確実な未来を示す。

ɐ-t͡ɕɜlɨ-n ɐ-ʃ-ɜwjtʼ
その-より良い- adv 3s.abs-なる- cond.i
そのほうが良かっただろう[18]:154


  • 仮定Ⅱ ( cond.ii): -ɜwtʷqʼɜ

過去における未来を示すが、仮定Ⅰよりも確実な未来である。

zɜ-pχʲɜɕʷ-ɐnɨɕʷɜ dɜ-ø-j-kʲʼɜ-ɜwtʷqʼɜ ø-ʁɜ-ɐ-qʷʼ-gʲɜ-nɜjtʼ
1つ-女-美しい sub- 1s.abs- prev-行く- cond.ii 3s.abs- 3s.poss- prev-聞く- hab- impf
3s.absは(1人の,とある)美しい女性が来るといつも聞いていた[18]:155


複数形・否定形の作り方は時制ごとに異なり、また話者によって作り方に若干の差異があった。

時制の単数・複数は絶対格の単数・複数に依存する。たとえ斜格・能格が複数でも絶対格が単数ならば時制は単数である。

ただし、2人称複数が斜格または能格にある場合は、絶対格が単数でも時制は複数となる。

時制 グロス 肯定 否定
絶対格単数 絶対格複数 絶対格単数 絶対格複数
現在形 pres -n -ɐ-n -m(ɨ)-語根-n -m(ɨ)-語根-ɐ-n
過去形 pret -qʼɜ -qʼɜ-n -qʼɜ-mɜ -qʼɜ-nɜ-mɜ
未来形(Ⅰ) fut.i -ɜw -nɜ-ɜw -ɜmɨt -nɜ-ɜmɨt
未来形(Ⅱ) fut.ii -ɜwt -nɜ-ɜwt -ɜwmɨt -nɜ-ɜwmɨt
半過去 impf -nɜjtʼ -ɐ-nɜjɬ -nɜjtʼ-mɜ -ɐ-nɜjɬɜ-mɜ
大過去 plup -qʼɜjtʼ -qʼɜjɬ[注釈 36] -qʼɜjtʼ-mɜ -qʼɜjɬɜ-mɜ[注釈 37]
仮定(Ⅰ) cond.i -ɜwɨjtʼ -nɜ-ɜwɨjɬ -ɜwɨjtʼ-mɜ -nɜ-ɜwɨjɬɜ-mɜ
仮定(Ⅱ) cond.ii -ɜwtʷqʼɜ -ɜwtʷqʼɜ-n[注釈 38] -ɜwtʷqʼɜ-mɜ -ɜwtʷqʼɜ-nɜ-mɜ[注釈 39]
  • 例: 他動詞 bjɜ (見る)の肯定形[18]:148

能格は一人称単数固定で、絶対格を二人称単数・二人称複数としている。

時制 絶対格単数 絶対格複数
現在形 wɨzbjɜn ɕʷɨzbjɐn
過去形 wɨzbjɜqʼɜ ɕʷɨzbjɜqʼɜn
未来形(Ⅰ) wɨzbjɜw ɕʷɨzbjɜnɜw
未来形(Ⅱ) wɨzbjɜwt ɕʷɨzbjɜnɜwt
半過去 wɨzbjɜnɜjtʼ ɕʷɨzbjɐnɜjɬ
大過去 wɨzbjɜqʼɜjtʼ ɕʷɨzbjɜqʼɜjɬ
仮定(Ⅰ) wɨzbjɜwɨjtʼ ɕʷɨzbjɜnɜwɨjtʼ
仮定(Ⅱ) wɨzbjɜwtʷqʼɜ ɕʷɨzbjɜwtʷqʼɜn
  • 例: 自動詞 kʷʼɨ (殺す)の否定形[19]:391-392

能格は一人称単数固定で、絶対格を二人称単数・二人称複数としている。

時制 絶対格単数 絶対格複数
現在形 wɨsɨmkʷʼɨn ɕʷɨsɨmkʷʼɐn
過去形 wɨskʷʼqʼɜmɜ ɕʷɨskʷʼqʼɜnɜmɜ
未来形(Ⅰ) wɨskʷʼɜmɨt ɕʷɨskʷʼɨnɜmɨt
未来形(Ⅱ) wɨskʷʼɜwmɨt ɕʷɨskʷʼɨnɜwmɨt
半過去 wɨskʷʼɨnɜjtʼmɜ ɕʷɨskʷʼɐnɜjɬɜmɜ
大過去 wɨskʷʼqʼɜjtʼmɜ ɕʷɨskʷʼqʼɜjɬɜmɜ
仮定(Ⅰ) wɨskʷʼɜwɨjtʼmɜ ɕʷɨskʷʼɨnɜwɨjɬɜmɜ
仮定(Ⅱ) wɨskʷʼɜwtʷqʼɜmɜ ɕʷɨskʷʼɜwtʷqʼɜnɜmɜ


基本動詞型

自動詞、斜格のある自動詞、他動詞、斜格のある他動詞の4パターンに分かれる。デュメジルはこれをA~Dパターンと分類した[18]:85[19]:393[20]:97

  • 自動詞(A)
ɐ-tɨt ø-qˤɜ-qʼɜ
その-男 (abs) 3sg.abs-走る- pret
その男は走った[19]:370
ɐ-tɨt ɐ-qˤɜ-qʼɜ-n
その-男 (abs) 3pl.abs-走る- pret- pl
その男たちは走った[19]:370
  • 斜格のある自動詞(B)
sɨ-wɨ-jɜ-n
1sg.abs- 2sg.obl-殴る- pres
私はあなたを殴る[18]:87
  • 他動詞(C)
sɨ-ʑʷ-bjɜ-ɐ-n.
1sg.abs- 2pl.erg-見る- pl- pres
あなたたちは私を見る[18]:87-88
ɕʷɨ-z-bjɜ-ɐ-n.
2pl.abs- 1sg.erg-見る- pl- pres
私はあなたたちを見る[18]:87-88
  • 斜格のある他動詞(D)
ɐ-sɨ-wɨ-tʷɨ-n.
3sg.abs- 1sg.obl- 2sg.erg-あげる- pres
あなたは 3sg.absを私にあげる[18]:90-92

斜格または能格で二人称複数形が出現する場合は時制が複数形となるため、絶対格において三人称単数・三人称複数の区別ができない。

ɐ-ɕʷɨ-s-tʷɨ-ɐ-n.
3sg.abs- 2pl.obl- 1sg.erg-あげる- pl- pres
私は 3sg.absをあなたたちにあげる[18]:90-92
ɐ-ɕʷɨ-s-tʷɨ-ɐ-n.
3pl.abs- 2pl.obl- 1sg.erg-あげる- pl- pres
私は 3pl.absをあなたたちにあげる[18]:90-92
  • 斜格が2個ある例
ɐ-s-χʲɜ-w-ʁɜ-nɨ-wtʷɨ-ɐj-ɜwt
3sg.abs- 1sg.obla- ben- 2sg.oblb- prev- 3sg.erg-取り除く- iter- fut.ii
3sg.erg3sg.absをあなたbから私aへ奪い返すだろう[18]:102[20]:100

状態動詞

動作動詞と概ね同じ構造を取るが、時制が動作動詞と異なり、現在と過去の2種類のみである[20]:123-124

名詞や形容詞が述語となる場合も状態動詞と同じ時制を用いて複合語を作る。


時制 グロス 肯定 否定
絶対格単数 絶対格複数 絶対格単数 絶対格複数
現在形 stat.pres -n -mɜ -nɜ-mɜ
過去形 stat.past -jtʼ -jɬ -jtʼ-mɜ -jɬɜ-mɜ
ɐ-gʲɨd͡zɜ-jɬɜ-mɜ
3pl.abs-大きい- stat.past.pl- neg
3pl.absは大きくなかった[19]:389[20]:124

数字

ウビフ語は北西コーカサス語族の他言語と同じく、20進数である。共格マーカー-ɐlɜを用いる事で21以上の数を表現できる[19]:416-417[20]:90-91

数詞 数詞 数詞 数詞
1 11 ʒʷɨzɜ 21 tʼqʷʼɜtʷʼɐlɜ zɐlɜ 10000 ʒʷɨmin
2 tʼqʷʼɜ 12 ʒʷɨtʼqʷʼɜ 30 tʼqʷʼɜtʷʼɐlɜ ʒʷɐlɜ 100万 zɜʒʷɨʃʷɜmin
3 ɕɜ 13 ʒʷɨɕɜ 40 tʼqʷʼɜmt͡ɕʼɜtʼqʷʼɜtʷʼ
4 pʼɬʼɨ 14 ʒʷɨpʼɬʼ 50 tʼqʷʼɜmt͡ɕʼɜtʼqʷʼɜtʷʼɐlɜ ʒʷɐlɜ
5 ʃxɨ 15 ʒʷɨʃx 60 ɕɜmt͡ɕʼɜtʼqʷʼɜtʷʼ
6 16 ʒʷɨf 80 pʼɬʼɨmt͡ɕʼɜtʼqʷʼɜtʷʼ
7 blɨ 17 ʒʷɨbl 100 ʃʷɜ
8 ʁʷɜ 18 ʒʷɨʁʷɜ 200 tʼqʷʼɜʃʷɜ
9 bʁʲɨ 19 ʒʷɨbʁʲ 300 ɕɨʃʷɜ[注釈 40]
10 ʒʷɨ 20 tʼqʷʼɜtʷʼ 1000 min
bɨn-ɐlɜ bʁʲɨʃʷɜ-ɐlɜ pʼɬʼɨ-ʃʷɜ-ɜwn sɨ-ʁˤ-qʼɜ.
1000- com 900- com 4-年- instr 1sg.abs-生まれる- pret
私は1904年に生まれた[2]:66

脚注

注釈

  1. ^ テヴフィク・エセンチは敗戦後の移住についてウビフ語で詳細に語っている。彼の先祖は黒海を船で移動したという[5]:441-444
  2. ^ これ以前の記録は前述のベルとウスラルのものと、オーゲ・ベネディクツェンによる非公開の日記のみであった[9]:1-4
  3. ^ ウスラル[8]:2巻5章もウビフ語話者がバイリンガルまたはトリリンガルであることを指摘しているが、彼はウビフ語・チェルケス語・アブハズ語のトリリンガルであると記述している。バイリンガルの場合、もう一つの言語はチェルケス語かアブハズ語である。
  4. ^ 音声録音は1991年9月21日が最後の記録[3]:5,13。録音以外の記録がいつまで行われていたかは不明。
  5. ^ 話者によって[qʼ]の異音として[ʔ]が発音される事があり、特に文末に来る過去形マーカー"-qʼɜ"が"-ʔɜ"になった[2]:43
  6. ^ IPAの母音表では縦軸が口の開閉度、横軸が舌の位置を表しており、垂直母音構造を取る言語では口の開閉度(縦軸)のみの区別があり、舌の位置(横軸)の区別がない
  7. ^ 見出しのタイトルがUn dialecte oubykh? となっており、デュメジルはこれを方言であると断定していない
  8. ^ 4母音説を唱えたのはフォークトのみ。厳密にはフォークトは長母音・短母音を採用した2母音説[20]:25
  9. ^ フォークト以外では"aw" /ɜw/ ~ /ow/に相当する。
  10. ^ アブハズ語でも否定形の付与形態は時制毎に異なる。
  11. ^ 能格と斜格を関係格という名前で1つの格として数えている。
  12. ^ 共格と具格あわせて1つの格として数えている。
  13. ^ 原文ではạydəxəになっているが、[20]:81によれば、ɐjdɜ-χɨ (ạyda-xə)
  14. ^ いくつかの動詞は単数と複数とで形が異なる。例えば、ɐjdɜ-χɨの複数形はɐjɬɜ-χʷɜ[20]:81
  15. ^ : converb
  16. ^ 動詞前辞-j-は反動作を示す。-wɨ-「運ぶ」に対して-j-wɨ-「持ってくる」。他にも-kʲʼɜ-「行く」に対して-j-kʲʼɜ-「来る」などがある
  17. ^ 変格や奪格などの意味もある[19]:371
  18. ^ : possessive, 所有格
  19. ^ 原典の翻訳による。一方、[2]:98によれば「皿」
  20. ^ bɜrdɜnɜqʷɜはナルト叙事詩に出てくる狩人[29]:274-275
  21. ^ 訳注: "zɜ"は数字の1であり1つを意味するが、英語では"one"ではなく、不定冠詞"a"で翻訳されていることに注意。
  22. ^ : subordination clause[20]:167-168
  23. ^ 2人称単数に男女の区別があるとメスザロスは記している[11]:384が、テヴフィク・エセンチは使用しておらず、古語的とされる[18]:77[20]:47-48。本記事内では掲載していない。
  24. ^ : reciprocal, この場合、「相互に」「一緒に」動作する事を意味する。
  25. ^ : malefactive
  26. ^ 複数のアスペクトを組み合わせる事がɐj-lɜ, ɐj-fɜ, ɐj-lɜ-fɜ, t͡ɕʷɜ-fɜ の4通りで可能[18]:70
  27. ^ Dumézil 1975: habituel[18]:55 (: habitual aspect)
  28. ^ Dumézil 1975: réparative et itérative[18]:52 (: iterative aspect)
  29. ^ Dumézil 1975: définitif-exhaustif[18]:54 (: exhaustive aspect)
  30. ^ Dumézil 1975: excessif[18]:56 (: excessive aspect)
  31. ^ : potential aspect
  32. ^ 話者によって現在形と現在進行形の区別が存在した[17]:267
  33. ^ 古ウビフ語で用いられていたアオリスト時制が稀に出現する事があった[18]:151
  34. ^ Dumézil 1975 でprétérit (: Preterite)と書いている事から。一方で、Fenwick 2011ではPASTとしている。
  35. ^ : conditional. Conditionalという名前はウビフ語固有ではなく、アブハズ語でも用いられる[33]
  36. ^ または -qʼɜnɜjtʼ[18]:162[20]:123
  37. ^ または -qʼɜnɜjtʼ-mɜ[20]:123
  38. ^ または -nɜ-ɜwtʷqʼɜ[18]:148[20]:123
  39. ^ または -nɜ-ɜwtʷqʼɜ-mɜ[20]:123
  40. ^ 発音の問題でɕɜʃʷɜとならない。同じく同音異義語のɕɨ-ʃʷɜ(3年)でもɕɜʃʷɜとならない[19]:417[20]:90

出典

  1. ^ ノリス・マクワーター編 1985 ギネスブック ’85 講談社
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n Vogt, H. 1963 Dictionnaire de la langue oubykh. Universitetsforlaget.
  3. ^ a b c Charachidzé, G. 1991 Nouveaux récits oubykhs. Revue des études géorgiennes et caucasiennes 6-7
  4. ^ E. F. K. Koerner (1998). First Person Singular III: Autobiographies by North American Scholars in the Language Sciences. John Benjamins Publishing. p. 33. ISBN 978-90-272-4576-2. https://books.google.com/books?id=-SYou4fhWUgC&pg=PA33 
  5. ^ Dumezil, G. 1955 Récits oubykh, II. Journal Asiatique 243: 439-459
  6. ^ Gippert, J. 1992 The Caucasian language material in Evliya Celebi's "Travel Book": a revision. Caucasian Perspectives: 8-62.
  7. ^ Bell, J. 1840 Journal of a Residence in Circassia: during the Years 1837, 1838 and 1839; in 2 Volumes. Volume 2, p.482
  8. ^ a b Uslar, P.K. 1887 Абхазскій языкъ.
  9. ^ a b c Dirr, A. 1928 Die sprache der ubychen
  10. ^ Dumézil, G. 1931. La langue de Oubykhs.
  11. ^ a b Meszaros, J. 1934 Die Pakhy-Sprache
  12. ^ a b Dumézil, G. et A.Namitok. 1954 Le système de sons de l'oubykh. gutturales de l'oubykh. Bulletin de la Société de Paris 49. pp.160-189
  13. ^ Dumézil, G. 1955 Les gutturales de l'oubykh. Bulletin de la Société de Paris 51. pp.176-180
  14. ^ Dumézil, G. 1958 Les vocalisme de l'oubykh. Bulletin de la Société de Paris 53. pp.198-203
  15. ^ Dumézil, G. 1959. Études oubykhs.
  16. ^ Dumézil, G. 1960 Documents anatoliens sur les langues et les traditions du caucase I.
  17. ^ a b c d Dumézil, G. 1965 Documents anatoliens sur les langues et les traditions du caucase III. Institut d'ethnologie: Paris.
  18. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al Dumézil, G. 1975 Le verbe oubykh. Paris.
  19. ^ a b c d e f g h i j k l m Charachidzé, G. 1989 Oubykh. Hewitt, B.G. (ed.) The indigenous languages of the Caucasus 2: North West Caucasus, pp.359-459
  20. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap Fenwick, R.S.H. 2011 A Grammar of Ubykh. Lincom Europa.
  21. ^ Chirikba, V. The Ubykh People Were in Practice Consumed in the Flames of the Fight for Freedom原文は2013年2月17日掲載
  22. ^ Kishmakhov, M.KH.-B. 2012 Problems of the ubykh ethnic history and culture.
  23. ^ Smeets, R. 1994 Suffixal marking of plural in ubykh verb forms. Studia Caucasologica Ⅲ.
  24. ^ Smeets, R. 1986 On Ubykh Circassian. Studia Caucasologica Ⅰ.
  25. ^ a b Colarusso, J. 1988 The Northwest Caucasian Languages: a phonological survey. Routledge.
  26. ^ Берсиров Б.М., Берсирова С.А. 2018 Убыхско-адыгейско-русский словарь.
  27. ^ Dumézil, G. 1968 The world ends tomorrow
  28. ^ Dumézil, G. 1968 Eating fish makes you clever
  29. ^ Colarusso, J. 2002 Nart sagas from the caucasus: myths and legends from the circassians, abazas, abkhaz, and ubykhs.
  30. ^ Dumézil, G. 1960 Récits Oubykh Ⅳ Textes sur Sawsərəq°a. Année 1960 pp.431-462.
  31. ^ Dumézil, G. 1968 The goat and the sheep
  32. ^ Chkrikba, V.A. 2003 Abkhaz. Lincom Europa.
  33. ^ 柳沢民雄 2013 A Grammar of Abkhaz. ひつじ書房.

関連項目

参考文献

音韻

  • Colarusso, J. 1988 The Northwest Caucasian Languages: a phonological survey. Routledge.

文法

  • Charachidzé, G. 1989 Oubykh. (Hewitt, B.G. (ed.) The indigenous languages of the Caucasus 2: North West Caucasus, pp.359-459)
  • Dumézil, G. 1975 Le verbe oubykh. Paris.
  • Fenwick, R.S.H. 2011 A Grammar of Ubykh. Lincom Europa.

辞書

  • Dumézil, G. 1965 Documents anatoliens sur les langues et les traditions du caucase III. Institut d'ethnologie: Paris. (Vogt (1963) の校正が収録されている。)
  • Vogt, H. 1963 Dictionnaire de la langue oubykh. Universitetsforlaget.

外部リンク





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ウビフ語」の関連用語

ウビフ語のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ウビフ語のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのウビフ語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS