アメリカ移住と絵本作家デビュー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 07:02 UTC 版)
「レオ・レオニ」の記事における「アメリカ移住と絵本作家デビュー」の解説
1931年、21歳のレオは当時18歳のノーラ・マッフィーと結婚した。同時期イタリア共産党の党員であるフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティと出会い、未来派グループに参加するが、1932年の展覧会以降は距離を置くことになる。1939年、イタリアのファシスト政権誕生と人種差別法公布により、アメリカ合衆国に亡命し、フィラデルフィアの広告代理店NWエイヤーに就職する。ニューヨークで複数の新聞社で美術担当編集者、グラフィックデザイナーとして働きながら、美術学校や大学で講義を行い、各都市での巡回展も開いた。1945年にアメリカ国籍を取得し、1953年にはアスペン国際デザイン会議の初代会長を勤める。エリック・カールの才能を見出し、ニューヨーク・タイムズ広報部への就職を世話した上、編集者を送り絵本の仕事も勧めた。1959年、孫のために作った絵本『あおくんときいろちゃん』で絵本作家としてデビューを果たした。
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