長者ヶ平官衙遺跡附東山道跡
名称: | 長者ヶ平官衙遺跡附東山道跡 |
ふりがな: | ちょうじゃがだいらかんがいせきつけたりとうさんどうあと |
種別: | 史跡 |
種別2: | |
都道府県: | 栃木県 |
市区町村: | 那須烏山市、さくら市 |
管理団体: | |
指定年月日: | 2009.02.12(平成21.02.12) |
指定基準: | 史2,史6 |
特別指定年月日: | |
追加指定年月日: | |
解説文: | 本物件は、栃木県東部を南東に向かって流れる那珂川水系の荒川によって開析された喜連川丘陵の上面に位置する。 長者ヶ平官衙遺跡は、掘立柱建物の正殿と東西脇殿を「コ」字形に配し、正殿の南に前殿、八脚門が並ぶ政庁域、その西側には総柱の掘立柱建物や礎石建物の倉庫群が並列して配される正倉域が存在する。政庁の東側にも総柱の建物が建ち並び、倉庫群と考えられる。北側には桁行1間、梁行1間の楼と推定される掘立柱建物が2棟、東西に並んで配される。 長者ヶ平官衙遺跡の北西約400mで、8世紀から9世紀以降の古代東山道跡が検出された。路面幅は5から12mである。また、長者ヶ平官衙遺跡の正倉域に西接し、東山道跡と交差する幅9m以上の道路跡を確認した。いずれも、これらを踏襲する道が現存する。 長者ヶ平官衙遺跡は東山道跡に近接する交通の要衝に立地することから、下野国芳賀郡に所在した新田駅家、芳賀郡衙ないしそれに関連する施設の可能性が指摘されている。 これらの遺跡はいずれも良好に残存しており、それぞれの構造や変遷が明確になるなど、古代国家の交通体系や地方支配体制を具体的に示すものとしてきわめて重要である。 |
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