『薤露行』に見る和漢洋の要素
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「薤露行」の記事における「『薤露行』に見る和漢洋の要素」の解説
ヨーロッパのファンタジーの日本への移入は、明治維新以降の西洋文化の流入とともに始まっており、日本のファンタジー作品としては、夏目漱石の前に泉鏡花(1873年 - 1939年)の『高野聖』(1900年)が挙げられる。飛騨山中を舞台とした『高野聖』は、筋立てを含めていかにも日本の土俗的な幻想譚であるが、物語に登場する女怪はギリシア神話のキルケーを彷彿とさせ、しかもその描き方は、ラファエル前派に見られるような、19世紀に流行したファム・ファタール(運命の女)的な構図に依っている。鏡花は12歳から16歳まで金沢の英和学校で学んでおり、宣教師の妹から西洋の神話や伝説などを教わっていた。一方、1900年から1902年までイギリスに留学していた漱石は、同地で目の当たりにしたアーサー王伝説を、帰国後そのまま西洋の話として日本語の散文で書いた。ファンタジーの移入としては、鏡花と漱石は対照的な方法論を採ったというべきだろう。 『薤露行』の「鏡」の章のクライマックスは、シャロットの女に呪いがかかる場面であり、鏡はひび割れるだけでなく、氷を砕いたように粉々になり、絹布が鏡の鉄片とともに舞い上がり、糸は千切れて女の体中に「土蜘蛛の張る網の如く」まとわり付く。また、凶兆として鏡の面に霧や雲がかかる描写があるが、これらは能の『土蜘蛛』と関連がある。「袖」の章に登場するエレーンは「白き胡蝶」と比喩されており、胡蝶は、土蜘蛛退治の源頼光が病を得たときに看病する役回りである。さらにエレーンはランスロットを思い乱れるうちに夢と現実を行き交い自問する。ここでは「胡蝶」から漢文学の「胡蝶の夢」へと連想が飛翔している。このことは、エレーンの死期が迫っていることも意味する。最終章の「舟」では、「散ればこそ又咲く夏もあり」として、エレーンの死が漢詩「薤露」の最後の意味である自然の再生力を示唆する。秋の季語であり、涙の比喩である「露」の言及が増していることもこの章の特徴であり、このように、漱石は和漢洋の各要素をこの作品に集合させている。
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