『常勝』
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 21:52 UTC 版)
強運の持ち主でもある。前述の全日本選抜は、締め切り後レース発走直後から突如雪が降りしきり勢いを増した。本来浦田は雨走路を苦手としていたが、全車晴れタイヤでのレースとなり、地元でのSG優勝への気合に勝る浦田が初のSG優勝を飾った。因みに、このレースの最中、浦田は「いつ赤旗(=競走中止の合図旗)出るんやろ」と思っていたと語る。 また、長期に渡るスランプの中、現在使用されている新型タイヤ『KR-73S』が導入され、2004年にはオールスターオートレースでは久々のSG優勝を飾った。新タイヤの特性を各選手が未だ掴みきれていない中、インを丁寧に攻めた結果であったと言えよう。 また、2006年の第25回オールスターでは、更なる強運を見せた。4月29日の第11レース準決勝戦。この日は雨で、浦田は半ば優出を諦めていた。しかし、その準決勝戦で遠藤誠(25期、浜松オートレース場所属。元日本ハムファイターズの遠藤良平の兄)が落車。これをきっかけに多数の選手が落車し、3コーナーから4コーナー付近に取り残されてしまったのである。落車を回避した選手もいたが、事故処理が次の周回に入り3コーナーに到達するまでに完了せず、SG競走の準決勝としては10数年ぶりの不成立となってしまった。やむなく優勝戦へ進出する選手を前日までの得点で選出したところ、得点率上位に入り浦田は優出。この際、好調だった同期の池田政和(船橋オートレース場所属)は得点で劣り、優出を逃している。 この強運を味方につけたかのように、浦田は二度目のオールスター制覇を達成した。その優勝戦自体も兄弟子である岡部聡(19期、山陽オートレース場所属)のフライングや、飯塚将光(9期、船橋オートレース場所属)の反則妨害、上述の岡部が浦田のインに入ろうとした際にタイヤを滑らせ、接触寸前で回避したものの大きく後退するなどの波乱が相次いだレースだっただけに、運が作用した部分は決して小さくは無かった。 混戦の捌きの上手さと地元での安定した成績は全選手中上位で、『常勝』の二つ名で呼ばれることも少なくない。
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