ハタ・ヨーガ ハタ・ヨーガの概要

ハタ・ヨーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/26 07:42 UTC 版)

ハタ・ヨーガサンスクリット語: हठयोग haṭhayoga IPA: [ɦəʈʰəˈjoːɡə])はヨーガの一様式・一流派。別名ハタ・ヴィディヤー (हठविद्या) で、「ハタの科学」を意味する[1]

ハタ・ヨーガは、半ば神話化されたインドのヒンドゥー教の聖者で、シヴァ派の一派で仏教シヴァ派が混然とした形態だったナータ派英語版の開祖ゴーラクシャナータ英語版[† 1]が大成したとされる。ゴーラクシャナータの師は、仏教徒であったといわれるマツイェーンドラナータ(英語: Matsyendra(マッツェーンドラナート)である[2]。16世紀の行者スヴァートマーラーマ英語版のヨーガ論書『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー[† 2]において体系的に説かれた。

「ハタ」はサンスクリット語で「力」(ちから)、「強さ」といった意味の言葉である。教義の上では、「太陽」を意味する「ハ」と、「月」を意味する「タ」という語を合わせた言葉であると説明され[† 3]、したがってハタ・ヨーガとは陰(月)と陽(太陽)の対となるものを統合するヨーガ流派とされる[6]。ゴーラクシャナータは師マツイェーンドラナータの認識論、宇宙生成論をほぼそのまま受け継ぎ、純粋精神である「最高のシヴァ神」に創造の意欲という「シャクティ」が生じ、その結果としてこの二大原理から因中有果論に従って残りの原理が展開し、「束縛されたシヴァ」が個我(ジーヴァ)として顕現するとした[7]。人間は個我を形成するレベルの低次のシャクティによって体を維持しており、会陰部に「クンダリニー」(とぐろを巻いた蛇)として眠るこのシャクティをハタ・ヨーガによって目覚めさせ、頭頂にあるとされる「至高のシヴァ神」の元に上らせ、この二元を合一させ至高の歓喜を得ることを説いた[2]

スヴァートマーラーマは、ハタ・ヨーガとはより高いレベルの瞑想、つまりラージャ・ヨーガに至るための準備段階であり、身体を鍛錬し浄化する段階であると説明する。ムドラー(印相)と、プラーナーヤーマ(調気法)を中心としているが、シャトカルマ英語版による浄化法もよく知られている。インドのゴーピ・クリシュナはこのハタ・ヨーガにより解脱を得たとしてその境地を説明する本を著し、欧米人の興味を掻き立てた。

健康やフィットネスを目的とするエクササイズとして20世紀後半に欧米で大衆的な人気を獲得したハタ・ヨーガは、多くの場合、単に「ヨーガ(ヨガ)」と呼ばれる。現在ハタ・ヨーガと呼ばれるものの多くは、19世紀後半から20世紀前半の西洋で発達した体操法などの西洋の身体鍛錬英語版文化に由来し、インド独自の体系として確立した「新しいヨーガ」の系譜で、現代のハタ・ヨーガのアーサナは、伝統のハタ・ヨーガとのつながりは極めて薄いといわれる[8]。現代広く普及している、独特のポーズ(アーサナ)を練習の中心に据えたヨーガは「創られた伝統」であった[9]。(詳細は#現代のハタ・ヨーガを参照)


出典

  1. ^ 歴史上の年代については諸説あり、9世紀から12世紀の間とする説(エリアーデ, pp. 45, 163)、10-12世紀とする説(山下 2009, p. 140)、13世紀とする説(立川 2008 p. 101)がある。
  2. ^ 年代については諸説あり、14世紀とする説[3]から16-17世紀頃とする説[4]まである。
  3. ^ 山下博司によると、これは語源俗解的なこじつけである[5]
  4. ^ ゲオルグ・フォイアスティン、ゲオルグ・フォイヤーシュタインとも表記されるが、ここでは山下 2009にならいドイツ語読みで表記する。
  5. ^ 例えば、近代インドを代表する聖者であるラマナ・マハルシ[13]は、修練方法としてジュニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガを勧めている。ラマナは、霊性の向上は「心」そのものを扱うことで解決ができるという基本的前提から、ハタ・ヨーガには否定的であった。また、クンダリニー・ヨーガは、潜在的に危険であり必要もないものであり、クンダリニーがサハスラーラに到達したとしても真我の実現は起こらないと発言している[14]
  6. ^ シングルトン 2014によれば、これらの行者のなかには、実際にかなり暴力的な方法で物乞いをする者達もいて、一般の人々から恐れられていたらしい。武装したハタ・ヨーガ行者たちは略奪行為を働くこともあった。略奪行為が統治者から禁止されるようになると、行者らはヨーガを見世物とするようになり、正統的なヒンドゥー教徒たちからは社会の寄生虫として蔑視されていた[15]
  7. ^ ただし、インド研究家の伊藤武によれば、『ハタ・プラディーピカー』が「ラージャ・ヨーガ」の章でラージャ・ヨーガの同義語として列挙している言葉の多くは、『ヨーガ・スートラ』よりも後の時代のタントラ用語である。伊藤は、同書の述べるラージャ・ヨーガの技法とは実のところハタ・ヨーガの最終段階に位置づけられるラヤ・ヨーガ(クンダリニー・ヨーガ)のことであると指摘し、『ヨーガ・スートラ』の古典ヨーガをラージャ・ヨーガとするのは20世紀に入ってから確立した解釈でないかと推察している[20]
  8. ^ プネー近くのアーランディー (Alandi) 出身のジュニャーネーシュヴァラ (en:Jñāneśvar) の弟であるソーパーナの系統を引く人物。
  9. ^ スヴァートマーラーマは、サハジャーナンダの弟子であるチンターマニの弟子とも[22]、チンターマニ自身の号とも[23]
  10. ^ クリシュナマチャーリヤがマイソールの宮殿でヨーガ教師の職を得たのは1933年頃のことであるが[36]、クヴァラヤーナンダの1931年の著作『アーサナ』には肩立ちのポーズの図版が掲載されており[37]、この体位そのものはクリシュナマチャーリヤの創案ではない。
  11. ^ 日本ではアイアンガーと呼ばれることが多いが、正しくはアイヤンガールであると山下博司は指摘している[40]
  12. ^ 山下 2009は、ビクラム・ヨーガの展開するスタジオは1,500箇所以上と記しているが、典拠は不明。科学ジャーナリストのウィリアム・J・ブロードによると、2010年にビクラム・ヨーガの国際総本部の広報担当は、全世界のスタジオ数は500箇所ほどで、その他多数は正規フランチャイジーではない違法なスタジオだと述べており、チョードリーの2007年の著書が主張する1,700というスタジオ数と大きく食い違っている[47]
  1. ^ 山下 2009, p. 137.
  2. ^ a b c d 橋本 2005, pp. 155–159.
  3. ^ M・L・ガロテの研究[1]
  4. ^ 山下 2009 p. 141; 立川 2008, p. 102.
  5. ^ 山下 2009, pp. 137-138.
  6. ^ ljpasion. “Hatha Yoga - The Yoga of Postures”. 2022年1月3日閲覧。
  7. ^ 宮本 2005, pp. 155–159.
  8. ^ a b c d e f 伊藤雅之 2011.
  9. ^ a b c シングルトン, 喜多訳 2014
  10. ^ Feuerstein 1991.
  11. ^ 伊藤武 2011, p. 263.
  12. ^ a b シングルトン 2014, p. 99.
  13. ^ ポール・ブラントン 著、日本ヴェーダーンタ協会 訳 『秘められたインド 改訂版』日本ヴェーダーンタ協会、2016年 (原著1982年)。ISBN 978-4-931148-58-1 
  14. ^ デーヴィッド・ゴッドマン編 著、福間巖 訳 『あるがままに - ラマナ・マハルシの教え』ナチュラルスピリット、2005年、249-267頁。ISBN 4-931449-77-8 
  15. ^ a b シングルトン 2014, pp. 45–52.
  16. ^ 立川 2013, p. 62.
  17. ^ 立川 2013, pp. 96-97.
  18. ^ 伊藤武 2011, p. 258.
  19. ^ 立川 2013, p. 100.
  20. ^ 伊藤武 2011, p. 91-92.
  21. ^ Mayo 1983.
  22. ^ [2]
  23. ^ 伊藤武 2011, p. 268.
  24. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 39-40.
  25. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 148.
  26. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 105-111
  27. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 150-151; 山下 2009, pp. 183-184.
  28. ^ 山下 2009, p. 183.
  29. ^ 山下 2009, p. 198.
  30. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 231-233.
  31. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 22-23, 260-261.
  32. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 266-267.
  33. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 261, 271.
  34. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 89-94.
  35. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 241-242.
  36. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 234.
  37. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 215.
  38. ^ Ruiz, Fernando Pagés. "Krishnamacharya's Legacy." YogaJournal.com and Yoga Journal, May/June 2001.
  39. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 228.
  40. ^ 山下 2009, pp. 198-199.
  41. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 27-28, 174-176.
  42. ^ a b c ヨガ アメリカ国立衛生研究所 「統合医療」情報発信サイト 厚生労働省「統合医療」に係る情報発信等推進事業
  43. ^ Yoga Journal “Yoga Journal Releases 2008 ‘Yoga in America’ Market Study.” Archived 2011年8月9日, at the Wayback Machine. February 2008.
  44. ^ ヒクソン・グレイシーとヨガ ヨガの光の行く先・ヨガの森 2009年7月9日
  45. ^ ヒクソン・グレイシーとヨガ③ RESPECT RG 2003年09月09日
  46. ^ 山下 2009, p. 202.
  47. ^ ブロード, 坂本訳 2013, p. 316.
  48. ^ 山下 2009, pp. 203-204, 213.


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