トンネル効果 関連する現象

トンネル効果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/15 10:32 UTC 版)

関連する現象

量子トンネルと同じ振舞いをしめし、量子トンネルにより正確に説明できる現象がいくつか存在する。例として、古典的な波動・粒子関連性[14]エバネッセント波カップリングへのマクスウェル方程式の適用)、音響学における弦に発生する波への非拡散波動方程式の適用などがある。エバネッセント波カップリングは近年にいたるまで、量子力学では単に「トンネリング」と呼ばれていたが、別の文脈でこう呼ばれるようになった。

これらの効果は矩形ポテンシャル障壁の場合と同じようにモデル化することができる。このような場合、波の伝播英語版が一様もしくはほぼ一様な媒質と、それとは伝播が異なるもうひとつの媒質が登場し、媒質B領域が一つ、媒質A領域が二つあるような形で説明できる。シュレーディンガー方程式を用いた矩形ポテンシャル障壁の解析は、媒質Aでは進行波解が得られ、媒質Bでは実指数関数解が得られるような別の効果に対しても有効である。

光学では、媒質Aは真空で媒質Bはガラスである。音響学では、たとえば媒質Aは流体、媒質Bは固体とおける。この両方で、媒質A領域では粒子の総エネルギーポテンシャルエネルギーよりも大きく、媒質Bがポテンシャル障壁となっている。この場合、入射波と反射波、透過波が得られる。さらに多くの媒質および障壁を設けることもあり、障壁が非連続ではない場合もある。このような場合は近似が便利である。

スピン偏極共鳴トンネル効果

スピン偏極共鳴トンネル効果はトンネル効果の一種である。2002年に産業技術総合研究所エレクトロニクス研究部門と科学技術振興事業団の研究チームによる単結晶ナノ構造電極を持つ新型TMR素子の開発過程において、室温でTMR素子電極内部に量子井戸準位を生成すると磁気抵抗が巨大な振動を起こす現象、すなわちスピン偏極共鳴トンネル効果が発見された[15][16][17][18]。室温で作動するスピントランジスタの実現が期待される。

応用

量子トンネリングは障壁の厚さがおよそ 1–3 nm 以下の場合に起こる[19]が、これはいくつかの重要な巨視的な物理現象の原因となっている。たとえば、VLSIにおいて電力損失および発熱の原因となり、ひいてはコンピュータチップのサイズダウン限界を定めている漏れ電流の原因は量子トンネリングである[20]

恒星内での核融合

恒星内での核融合にとっても量子トンネルは重要である。恒星の核における温度と圧力をもってしても、クーロン障壁を乗り越えて熱核融合を引き起こすためには十分でない。しかし、量子トンネルのおかげでクーロン障壁を通り抜ける確率が存在する。この確率は非常に低いが、恒星に存在する原子核の数は莫大であり、数十億年にもわたって定常的に核融合が続くこととなる。ひいては、生物が限られたハビタブルゾーンの中で進化できるための前提条件となっている[21]

放射性崩壊

放射性崩壊とは不安定原子核が粒子とエネルギーを放出して安定な原子核へと変化する過程である。この過程は粒子が原子核内から外へトンネリングすることにより生じている(電子捕獲の場合は電子は外から内へトンネリングしている)。量子トンネルが初めて適用された例であり、初めての近似でもある。放射性崩壊は宇宙生物学上も重要である。ハビタブルゾーン外で日光の十分に届かない領域(たとえば深海底)で生物が長期間に渡って生存できる環境が放射性崩壊、ひいては量子トンネリングによって実現される可能性が指摘されている[21]

星間雲における宇宙化学

量子トンネル効果を考慮することにより、分子状水素)、および生命の起源として重要なホルムアルデヒドなどの様々な分子が星間雲において宇宙化学的に合成されている理由を説明できる[21]

量子生物学

量子生物学において、無視できない量子効果の筆頭として量子トンネル効果が挙げられる。ここでは、電子トンネリングとプロトントンネリングの二つが重要となる。電子トンネリングは多くの生化学的酸化還元反応(光合成細胞呼吸)および酵素反応のキーファクターであり、またプロトントンネリングはDNA自発変異におけるキーファクターである[21]

DNA自発変異は通常のDNA複製時において、特に重要なプロトンが確率の低い量子トンネリングを起こすことによって生じ、これを量子生物学では「プロトントンネリング」と呼ぶ[22]。通常のDNA塩基対は水素結合で会合している。水素結合に沿って見ると、二重井戸ポテンシャル構造が生じており、片方がより深くもう片方が浅い非対称となっていると考えられている。このため、プロトンは通常深い方の井戸に収まっていると考えられる。変異が起こるためにはプロトンは浅い方の井戸にトンネル抜けする必要がある。このようなプロトンの通常位置からの移動は互変異性遷移と呼ばれる。このような状態でDNAの複製が始まった場合、DNA塩基対の会合則が乱され、変異が起こりうる[23]ペル=オロフ・レフディン英語版が初めて二重螺旋中における自発変異を取り扱うこの理論を構築した。その他の量子トンネル由来の変異が老化化の原因であると考えられている[24]

電界放出

電子電界放出半導体物理学や超伝導体物理学に関連する。これは電子がランダムに金属表面から飛び出すという点で熱電子放出と似ている。熱電子放出では互いに衝突しあう粒子がエネルギー障壁を越えるエネルギーを獲得して放出されるが、電界放出では強い電界をかけることによってエネルギー障壁が薄くなり、電子が原子状態からトンネル抜けすることによって電子の放出が起こる。したがって、電流は電界におおよそ指数関数的に依存する[25]フラッシュメモリー真空管電子顕微鏡などにおいて重要である。

トンネル接合

非常に薄い不導体を二つの導体で挟み込むことによって単純な障壁を作ることができる。これをトンネル接合とよび、量子トンネルの研究に用いられる[26]ジョセフソン接合は超伝導と量子トンネルを利用するジョセフソン効果を起こすための構造である。これは電圧磁場の精密計測[25]、および多接合太陽電池英語版に応用できる。

ポテンシャル障壁の量子トンネルに基く共鳴トンネルダイオードの動作原理。

トンネルダイオード

ダイオードとは、電流を一方向にしか流さない半導体素子である。この素子はn型p型の半導体の接合面に生じる空乏層に依存して動作している。半導体のドープ率を極めて高くすると、空乏層が量子トンネリングが生じるほど薄くなる。すると、順バイアスが小さい場合にはトンネリングによる電流が支配的となる。この電流はバイアス電圧がp型およびn型の伝導帯エネルギー準位が一致するような値のとき最大となる。バイアス電圧をさらに増していくと、伝導体がもはや一致しなくなり通常のダイオードと同様の動作を示すようになる[27]

トンネル電流は急速に低下するため、電圧が増すと電流が減るような電圧領域を持つトンネルダイオードを作成することが可能である。このような特異的特性は、電圧の変化の速さに量子トンネル確率の変化が追従できるような高速素子などにおいて応用されている[27]

共鳴トンネルダイオードは同じような結果を達成するが、量子トンネリングを全く異る方法で応用している。このダイオードは伝導体のエネルギー準位が高い薄膜を複数近接して配置することにより、特定の電圧で大きな電流が流れる共鳴電圧を持つ。このような配置により最低エネルギー準位が不連続に変化する量子ポテンシャル井戸が形成される。このエネルギー準位が電子のエネルギー準位よりも高い場合はトンネリングは起こらず、逆バイアスのかかったダイオードのように動作する。二つのエネルギー準位が一致したとき、電子は導線で繋がれたかのように流れる。電圧をさらに高くするとトンネリングが起こらなくなり、あるエネルギー準位からはまた通常のダイオードのように動作しはじめる[28]

トンネル電界効果トランジスタ

ヨーロッパの研究プロジェクトにより、ゲート(チャネル)を熱注入ではなく量子トンネリングで制御することにより、ゲート電圧を ~1 ボルトから 0.2 ボルトに低減し、電力消費量を 100分の1以下に抑えた電界効果トランジスタが実証された。このトランジスタをVLSIチップ英語版にまでスケールアップすることができれば、集積回路の電力性能効率を大きく向上させることができる[29]

量子伝導

電気伝導におけるドルーデモデルは金属中の電子の伝導について優れた予言を行うが、電子の衝突時の性質について量子トンネルを考慮して改良することができる[25]。自由電子波束が等間隔に並んだ長い障壁の列に遭遇すると、反射された波束と透過する波束が均一に干渉して透過率が100%となる場合がある。この理論によれば、正に帯電した原子核が完全な長方形格子を構成する場合、電子は金属中を自由電子のようにトンネリングし、極めて高い伝導度を示すこと、および金属中の不純物によりこれが大きく阻害されることが予言される[25]

走査型トンネル顕微鏡

ゲルト・ビーニッヒハインリッヒ・ローラーにより発明された走査型トンネル顕微鏡 (STM) は、金属表面の個々の原子を判別できる画像を撮像できる[25]。これは量子トンネル確率が位置に依存する性質を利用したものである。バイアス電圧を掛けたSTM針の針先が伝導体表面に近付くと、針から表面へと電子がトンネリングし、これを電流として計測することができる。この電流により、針と表面の距離を計測できる。圧電素子に印加する電圧を制御して、針が表面と一定距離を保つように伸び縮みさせることができる。圧電素子に印加した電圧の時間変化を記録すれば、表面の像を得ることができる[25]。STMの精度は 0.001 nm、すなわち原子直径の 1% に及ぶ[28]


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