トンネル効果 超光速

トンネル効果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/06 08:14 UTC 版)

超光速

スピンゼロ粒子がトンネリングするとき、光速を超えて移動することがある[1]。これは一見相対論的因果律に反しているように見えるが、波束の伝播を詳しく解析すると、相対性理論に反していないことがわかる。1998年、フランシス・E・ロー英語版はゼロ時間トンネリングについてのレビューを執筆した[30]フォノン光子電子のトンネル時間についてのより新しい実験データはギュンター・ニムツ英語版により発表されている[31]

量子トンネルの数学的表現

以下の節では量子トンネルの数学的公式化について論じる。

シュレーディンガー方程式

一粒子・一次元時間非依存シュレーディンガー方程式は以下のように書ける。

ここで ディラック定数m は粒子質量x は粒子の動く方向に沿って測った位置、Ψ はシュレーディンガーの波動関数、V は粒子はポテンシャルエネルギーEx 方向に運動する粒子のエネルギー、M(x) は広く受け入れられている物理学的な名前はないが V(x) − E により定義される量である。

このシュレーディンガー方程式の解は M(x) が正か負かによって異る形式をとる。M(x) が定数で負のとき、シュレーディンガー方程式は次のように書ける。

この方程式の解は位相定数が +k または -k の進行波を表わす。一方、M(x) が定数で正のとき、シュレーディンガー方程式は次のように書ける。

この方程式の解はエバネッセント波を表わす。M(x) が位置によって変化する場合も、M(x) が負か正かによって同じ挙動の違いが生じる。したがって、M(x) の符号が媒質の性質を表わしている。M(x) が負ならば上で説明した媒質Aに相当し、正ならば媒質Bに相当する。したがって、M(x) が正の領域が M(x) が負の領域に挟まれている場合に障壁が形成され、エバネッセント波結合が生じうる。

M(x)x によって変化する場合は数学的取扱が困難であるが、通常は実際の物理系に対応しない例外的な特殊例もいくつかある。教科書に載っているような半古典近似法に関連した議論は次節で述べる。完全で複雑な数学的取扱に関しては、Fröman & Fröman 1965を参照されたい。彼らの手法は教科書には載っていないが、定量的には小さな影響しかない補正である。

WKB近似

波動関数を以下のようにある関数の指数関数を取って表わすものとする。

は実部と虚部に分けることができる。

ここで、A(x) および B(x) は実値関数とする。

上の第二式にこれを代入し、左辺の虚部が零となる必要があることを用いると、次を得る。

.

この方程式を半古典近似を用いて解くには、各関数を 羃級数に展開する。この方程式の実部を満たすためには、羃級数が少なくとも から始まる必要があることがわかる。古典極限の振舞いを良くするためにはプランク定数の次数はなるべく高い方がよいので、次のように置くこととする。

また、最低次の項については次のような拘束が課せられる。

ここで、二つの極端な場合について考察する。

Case 1
振幅の変化が位相に比べて遅い場合、 および
は古典的運動に相当する。次の次数までの項を解くと、次を得る。
Case 2
位相の変化が振幅に比べて遅い場合、 および
はトンネリングに相当する。次の次数までの項を解くと、次を得る。

どちらの場合でも、近似解の分子を見れば古典的折り返し点 付近で破綻することが瞭然だろう。このポテンシャルの丘から遠いところでは、粒子は自由に振動する波と類似の振る舞いを示す。ポテンシャルの丘のふもとでは、粒子の振幅は指数関数的に変化する。これらの極限における振る舞いと折り返し点を考慮すると、大域解を得ることができる。

はじめに、古典的折り返し点を x1 とし、x1 周りの羃級数で展開する。

この初項のみを採れば線形性が保証される。

この近似を用いると、x1 近傍について次の微分方程式を得る。

これはエアリー関数を用いて解くことができる。

この解を全ての古典的折り返し点について用いることで、上の極端な場合の解を繋ぐ大域解を得ることができる。古典的折り返し点の片側で2つの係数が与えられれば、逆側の2つの係数はこの局所解を用いてそれらを繋ぐことで決定することができる。

したがって、エアリー関数解は適切な極限の元で sin, cos 関数と指数関数に漸近する。, の関係式は次のように得られる。

これらの係数が決まれば、大域解が得られる。したがって、一つのポテンシャル障壁をトンネリングする粒子の透過係数英語版は以下のように得られる。

ここで、x1, x2 はポテンシャル障壁にある二つの古典的折り返し点である。

矩形障壁の場合は、この式は次のように簡単化できる。


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