マゴットセラピー
英語:maggot therapy、Maggot Debridement therapy
壊疽を起こした潰瘍にマゴット(蛆、ハエの幼虫)を這わせ、壊死した組織を食べさせることで、治療を促進する両方。糖尿病性の壊疽などに対して有効な治療法の一つとして注目されている。
蛆(マゴット)は腐肉を餌とする性質を持ち、正常組織は食べないため、潰瘍上の不要な組織を効率的に除去することができる。食べ方として、たんぱく質の酵素で壊死組織を溶かして吸うという形をとるが、この酵素によって正常組織に殺菌・抗菌作用がもたらされる。組織の表面を無数のマゴットが這うことが細胞を刺激し、組織再生を促す効果もあるといわれている。
マゴットには、無菌状態で飼育された清潔な蛆が使用される。数日にわたり壊死細胞を食べた後、蛹になろうとする。その手前で傷口から除去して新しいマゴットに取替え、治療を継続する。
マゴットセラピーは古くから行われてきた療法でもあるが、近年になって欧米を中心にその効果が再評価されつつある。日本でも2011年現在は保険外診療の対象であるが、「ジャパンマゴット治療教育研究推進協会」などがマゴットセラピーの普及促進活動やマゴットの融通を行っており、治療を受けることが可能である。
マゴットセラピー
マゴットセラピー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/28 09:55 UTC 版)
マゴットセラピー(英: Maggot therapy)は、ハエの幼虫である蛆(マゴット、Maggot)の食性を利用して壊死組織を除去する治療法。デブリードマンの一種。Maggot debridement therapy (MDT) やマゴット療法などと呼ばれる事もある。
歴史
数千年前のアボリジニやミャンマーの伝統医学を用いる医者によって蛆を利用した傷の治療が行われていたことを示す記録が残っているなど、マゴットセラピーは古くから知られていた[1]。また、近代の戦争において、傷口に蛆が湧いた方が傷の治癒が早い、ということも経験的に知られていた。1928年より米国ジョンズ・ホプキンス大学で実証の結果、有用であることがわかり治療法として確立された。その後1940年代に到るまで、マゴットセラピーは北米を中心に積極的に行われていた[1]。しかし、1928年のペニシリンの発見を始めとした、様々な抗生物質の開発、及び外科治療の進化によってマゴットセラピーは衰退していくことになる[2]。ところが、1990年代から抗生物質の多用による、薬剤耐性菌の出現(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌等)や糖尿病患者の急増による糖尿病慢性期合併症の一つである糖尿病性壊疽患者の増加などによって再びマゴットセラピーは注目されるようになった[2]。
医療用蛆は2004年に米国のアメリカ食品医薬品局によって医療用デバイスとして認可されたこと[3] やマゴットセラピーを用いる医療施設が世界中で約2000箇所となる[2]など、欧米を中心として東アジアにも普及している。
日本では2004年に岡山大学心臓血管外科の三井秀也前講師らにより重症下肢虚血の足潰瘍の患者に初めて行われ、治癒にいたった。まだ一般的な療法とは言いがたいが、日本国内のいくつかの病院でマゴットセラピーが行われており、医療用蛆を製造する業者も存在している。保険が適用される通常のデブリードマン処置とは違い、2017年現在ではマゴットセラピーは自由診療(保険外診療)である。
概要
無菌状態で繁殖させた蛆を利用する。医師は専門の業者からマゴットセラピー用の蛆を入手し使用する。マゴットセラピーに使用されるのはヒロズキンバエの蛆である。
マゴットセラピー用の蛆は潰瘍部に置き、蛆が逃げ出さないように、かつ、呼吸可能な様に細小の穴を開けたカバーをかける[4]。蛆は、選択的に腐って死んだ組織のみを分泌液(タンパク質分解酵素等を含む)で溶かして食べ、健常な組織は食害しない。これによって、正確に壊死組織のみが患部から除去される。また、同時に蛆が分泌する抗菌物質などによって殺菌も行われる。この分泌液は、アンモニア化合物、炭酸カルシウムなどの塩基性であり[5]、MRSAなどの薬剤耐性菌を含む様々な病原菌を殺菌することが知られている。蛆からの抗菌物質の分泌は、壊死物質の栄養素が細菌に収奪されることを妨げるという意味で合目的的である。これらの蛆による活動によって潰瘍の改善がもたらされる。蛆は蛹になる前に除去され、治療を継続する場合はまた新たに蛆を投入する。
マゴットセラピーは特に糖尿病性壊疽の治療に多く用いられている[1]。
メリットとデメリット
メリット
- 禁忌症例が無い
- 麻酔が不要である
- 従来の治療と比較して安価(ただし自由診療のため日本では高価)
- 重篤な副作用はない
- その他の治療と併用が可能
デメリット
- 患者によっては蛆に対する強い忌避感のため使用できない
- 治療中にアンモニア臭などの腐敗臭を発生することがある
- 患部を蛆が這いまわるために患者によっては違和感や痛みをともなう場合がある
- 血流障害をともなう皮膚潰瘍に対する効果は低い
などがあげられる[6]。
副作用
発生の恐れのある副作用として、痛み、出血、発熱などがあげられる[7]。また、同意のもと行われた治療であっても受傷部を蛆が這いまわる、受傷部から強烈な悪臭がするなどから、患者が一時的な抑うつ状態になった症例も報告されている[8]。
参考文献
- 三井秀也、川畑拓也、黒子洋介、鵜垣伸也、大滓晋、藤井泰宏、石野幸三、河田政明、佐野俊二「Diabetic footに対するウジムシ治療」『脈管学』第45巻第7号、日本脈管学会、ISSN 03871126、全国書誌番号: 00022964、2014年8月18日閲覧。
- 宮本正章『知らないと怖い糖尿病の話』PHP研究所〈PHP新書〉、2011年。 ISBN 978-4-569-79934-6。
- 岡田匡『糖尿病とウジ虫治療 : マゴットセラピーとは何か』岩波書店〈岩波科学ライブラリー 217〉、2013年。 ISBN 978-4-00-029617-5。
出典
- ^ a b c 三井秀也 et al. n.d., p. 443.
- ^ a b c 三井秀也 et al. n.d., p. 444.
- ^ “For FDA, maggots are a kind of device - The Boston Globe”. Boston Globe Media Partners (2005年8月26日). 2014年8月18日閲覧。
- ^ 三井秀也 et al. n.d., p. 445.
- ^ 三井秀也 et al. n.d., p. 448.
- ^ 三井秀也 et al. n.d., pp. 448–449.
- ^ “マゴットセラピー ~ウジを使った創傷治療~” (PDF). 奄美徳洲会グループ. 2014年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月18日閲覧。
- ^ 吉田由美、増子寛子、曾我奈美子、馬場寛子「マゴットセラピーを受けた患者の心理面における変化 -ボディイメージの混乱を来した一症例を通して-」(PDF)『厚生連医誌』第17巻第1号、JA新潟県厚生農業協同組合連合会、55頁、全国書誌番号: 00112116、2014年8月18日閲覧。
関連項目
外部リンク
マゴットセラピー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/13 21:38 UTC 版)
詳細は「マゴットセラピー」を参照 壊死した組織があると傷の回復が上手くゆかないことがあるために、壊死組織を取り除くデブリードマンと呼ばれる処置が行われることがある。このデブリードマンを、壊死組織に人為的に蛆を着生させることによって行う手法である。
※この「マゴットセラピー」の解説は、「蠅蛆症」の解説の一部です。
「マゴットセラピー」を含む「蠅蛆症」の記事については、「蠅蛆症」の概要を参照ください。
マゴットセラピーと同じ種類の言葉
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