WWE復帰・2007年 - 2009年
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「ビッグ・ショー (プロレスラー)」の記事における「WWE復帰・2007年 - 2009年」の解説
2007年2月末に契約満了に伴いWWEを正式退団。その後、2007年4月27日に米テネシー州メンフィスで行われたハルク・ホーガンの自主興行で復帰するも、レッグドロップからの3カウントで敗北。 2008年2月に行われたノー・ウェイ・アウトにてWWEへ復帰。そのリング上でプロボクサーのメイウェザーに顔面を殴られ鼻を骨折させられた このことからメイウェザーとの抗争に入り、WrestleMania XXIVで対戦したがメリケンサックで顎を殴られ敗北した。9月のアンフォーギヴェンでヴィッキー・ゲレロを葬ろうとしたジ・アンダーテイカーを殴打してテイカーを失神させた。それによりテイカーとの抗争を開始し、10月ノー・マーシーでも、テイカーに勝利し、トリプルHの持つWWE王座への挑戦権を得るが、王座戦でテイカーの乱入により王座奪取に失敗する。サイバー・サンデーではファンの投票によりラストマン・スタンディング・マッチでテイカーと勝負が決定するが敗れる。その後のスマックダウンで金網戦でテイカーに敗れ抗争は終了する。 2009年のドラフトでRAWへ移籍し、この少し前から対立状態にあったジョン・シナと本格的に抗争を開始する。この抗争はエクストリーム・ルールズで決着がつき、以降はUS王者のコフィ・キングストンに狙いを定める。 7月のナイト・オブ・チャンピオンズでは6パック・チャレンジ形式のUS王座戦への参加が決定していたが当日の第一試合の統一タッグ王座戦のクリス・ジェリコのパートナーと発表され、ジェリコと共にレガシーから王座を防衛する(6パック・チャレンジ形式のUS王座戦には代わりにプリモが出場)。翌日のRAWではゲストホストを務めたシャキール・オニールと険悪な関係になり、統一タッグ王者組とクライム・タイムのメイン戦(ビッグ・ショーの反則負け)後に特別審判員を務めていたシャックと掴み合いになるが、リング外に突き飛ばされた。 10月にはジェリコを破り、ブラッギング・ライツの番組対抗戦のチームRAWの一員となる。対するチームスマックダウンの主将がジェリコであったため、一時的に両者の関係が微妙なものとなった。しかしPPV当日、試合終盤で突如チームメイトであるコフィ・キングストン、トリプルHを立て続けに襲撃し、結果的にジェリコ率いるチームスマックダウンを勝利に導いてしまう。翌日のRAWでは、スマックダウンの勝利をアシストしたためにジ・アンダーテイカーの世界ヘビー級王座戦第一挑戦者となったことを明かした。11月のサバイバー・シリーズでトリプルスレット形式の王座戦に挑んだが王座獲得とはならなかった。7月の統一タッグ王座獲得以来様々なタッグを相手に王座を防衛してきたが12月のTLCでのTLC戦でD-ジェネレーションXに敗れ王座を失った。
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