S2000 WRC時代 (2011年 - )
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「世界ラリー選手権」の記事における「S2000 WRC時代 (2011年 - )」の解説
WRカーはコスト高騰で新規ワークスの参入は困難になってしまったため、コスト削減案としてすでにPWRCやIRCで活躍していたスーパー2000 (S2000) 規定を導入しようという案が浮上した。これは2.0 LのNAエンジンを使用し、ボディ補強など最低限の改造のみで競技車両を製作するという規定である。 WRカーという名称は引き継いだまま、新規格のWRカーをから導入することが検討され、2008年12月にFIAはS2000をベースにボルトオンキットで簡単にWRカーに出来る様にする“S2000プラス”を提案した。しかしFIAの中で意見が二転三転し、S2000プラスを撤回して2011年以降はS2000をメインカテゴリーにするという話が浮上。際限なく続く議論に、次期車両開発をしたくてもできないシトロエンとフォードからは、結論の出ないFIAに対して不満の声が上がった。 最終的には世界ツーリングカー選手権(WTCC)など他のカテゴリーと共通の規定の元に製作される1.6L直噴ターボエンジンをS2000車両に搭載したS2000 WRCに変更することを決定。これにより同年5月、フォルクスワーゲンがポロ R WRCで参戦することを発表している。フォードは2012年を以てワークス参戦を終了し、80年代以来長きに渡る挑戦の歴史を一度終えたが、Mスポーツへの車両供給と技術支援は続けた。また2011年からは新たにBMWがプロドライブに製作を委託しミニ カントリーマンをベースにした、ミニ・ジョン クーパー ワークス WRCで参戦したが、組織的な紛糾により2013年に姿を消した。 フォルクスワーゲンは2013年にWRCクラスに本格参戦を開始、デビュー年でドライバーズ/コ・ドライバーズ/マニュファクチャラーズの三冠を制覇した。2014年も好成績を継続していることを受けて、フォルクスワーゲンは当初の2013年 - 2015年までの3年計画を延長、2019年まで参戦することを決定した。また2014年からはヒュンダイがi20 WRCで復帰し、初年度で念願の初勝利を挙げるなど活躍を見せたが、シトロエン・フォードらとともにVWの三冠4連覇を阻止するには至らなかった。 下位クラスではS2000やS1600、グループNといった車両規定がグループRの元にピラミッド型にまとめられた。
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